その瞬間、先程とは打って変って比べ物にならない程の威圧感が解き放たれ、危うく入口に押し戻されそうになってしまった。
が、勿論此処で引き返す事も出来ず、足をしっかりと踏み止まらせる。
拳銃を持つ手が僅かにぶれ、震えを持ち始めているのが痛い程分かった―――――無論それは馬超だけではない。
死を、覚悟しなければならない――――その現実があまりにも大き過ぎて、受け止めるのには未だ時間を要した。
暗殺を生きる糧としている者達が死を恐れるなどと、余りに情けない事だ。
それでも、俺は、俺達は大事な者を抱えてしまった。自らと同じ異形の者を、愛し過ぎてしまったから。
互いにこそあれど、生きていけるのだと。再度確認せざるを得ない、その言葉。

「なぁ―――お前は、俺の事を愛して、幸せ、か?」

「……何を今更」 

そうだよな、微かに笑い、頷き合う。
いつだってお前は飄々と笑って、その身に顰める感情を隠してきたくせに、こんな時だけ。
霞む様な血煙りの中で、趙雲はふとそんな事を思う。

「下らんな、貴様らもやはり雑魚か」
吐き捨てる暴言を耳に残したのは紛れもない、あの鬼神・呂布だった。
凄まじい威圧感に包まれて、何も感じ取れない。避ける事すらも敵わない。
体の一部を抉り取られ、殺がれる様に意識を毟り取られていく様な感覚が襲ってくる。
あぁ、俺の血が流れたんだな、と。
不思議と、痛みよりも寒さを感じる己の体。

熱が、掠れてきている気がしないでもない。先程口付けを受けたのだから、まだ持つ筈だった。なのに。
「熱が…足りないよ…寒いよ、馬超………」
手を、伸ばした。いつだって拒まずに優しく向けてくれたその腕に。


「……っは……」

「馬鹿……ヤロゥ………!!」


ぐいっ、と力一杯引き寄せられて。
ごめんね、と血を吐いて謝ろうとすると、急速に冷え切った唇にふわりと熱が降りた。




The future loved with you exceeding time

Do and you know?

Reason why I loved you so much

It is still insufficient only in heat

Mars of me that it wants all of you

Selfishness……




ああ、君の美しい翡翠の様な瞳が私を捉えている。

「お前は俺を守るんだろうが!!勝手に死ぬなんて真似したらぶっ殺すぞ!!」
綺麗な紅の唇に己の血が付いている。
「はは…死んだら殺せないな……」
口からはまだ血がごぼりと噴き出したまま。
馬超がキスをした所から次第に熱が籠っていく。元々熱を糧とする生物の血族を継ぐ者であるのだから、心臓を抉り取られたって熱を失わなければ死ぬ事はない。
だからこそ、熱を失う事だけを恐れたんだ。
「大丈夫……お前の、熱を貰ったから…」
「嘘吐いたりしたら承知しねぇぞ…」
だから、そんな顔なんて見せないで。
愛してる、だから笑顔を見せて………?

「愛してる………」

「俺もだよ、この馬鹿……」

遠くで、二人が抱きしめ合うのを姜維、張コウ、甄姫は微笑みつつ眺めていた。
姜維だけは少し嫉妬を抱きつつ。

「くたばれ、雑魚がぁぁぁ!!」
呂布の憤怒した怒号が飛ぶ。ビリビリと体を焦がす様に掠めていく衝撃波。
「趙雲!!」
「…構わない、もう平気だ」
趙雲は服こそ血塗れになっているが体は平気な様だ。拳銃を構えてするどく立ち上がった。
「照明を全て落とせ、趙雲!!」
「OK!!」
ガシャン、と連弾を放つ体制を取る。
「させるか……!!」
流石の董卓も焦り出したのか、棍棒を振り回し、近付いてくる。
「あの銀髪の男を捉えよ!!」
その一声と共に、汚らしい雑魚達が群がり沸いた。
「ちっ、蛆虫共が……!」
「馬超!!」
甄姫は素早く鞭を放ち、馬超を匿う様にして円を描いて地を裂いた。
亀裂が走り、雑魚達が跳ねて動きを止める。
「すまない、甄姫」
「宜しくてよ」
そう言った後、フッと照明が落ち、パラパラと欠片が落ちる音を聞く。趙雲が全ての照明を撃ち落としたのだ。
これで地の理は少し此方側に傾いた筈だ。
馬超は趙雲が照明を全て撃ち落とすのを確認すると、馬超は腕に溜めていたものを一揆に放った。
黒く、もやもやとした塊――――即ち、物の影である。
馬超は影を自在に操る力を持ち、それはなお夜だと力を発揮する。
影なれど、実態化すれば人を絞め殺す事だって可能であるし、同じ影に引きずり込む事だって出来る。

半分を影と同化させ、相手をも引きずり込む。
これで真っ直ぐ董卓を狙い、趙雲の示す方向に伸ばす。
「!?」
「俺の目を欺けるとでも思ったか?」
「ち……!」
影は容赦なく呂布の斬撃によって崩され、更にはあの第二の鬼神・張遼までもが姿を現す。
「我が死の腕から逃げられると思うなよ……!」
「望む所だ……!」 
馬超はにやりと笑い、汗を拭う。汗の出方が半端なく多い。
確かに窮地に陥ってはいるが、まだ仲間は一人も欠けていない。お互いそうではあるが、戦力を削ぐ事だけは絶対に避けたかった。
「…食らえ、絶影……」
ダァンッ、と銃弾を自らの影に撃ち込み、遠い所で一揆に吐き出す。
何処で放たれるか分からない銃弾は相手の体を無数に貫き、悲鳴をも呑み込んだ。
「馬超!!」
ドッ……何かが、腕を貫いた――――張遼の放った銃弾だ。
鋭い激痛が体を貫ける。
「ぐ、……っ」
「馬超―――ッ!!」
趙雲はあらん限りの声で叫ぶ。守る為の主を殺されては生きる意味を失う。その事は、趙雲にとっての死をも意味する事である。
手を伸ばす。馬超を抱き留め、血を吸い上げた。
「許さない……傷付けた、事を………!」
趙雲はギラギラと目を光らせ、呂布の動きを捉える。そして、素早く足を目掛けて撃ち込んだ―――それは見事に彼の足の神経を撃ち抜いた。
「ぐっ」
「次は――――片腕だ」
趙雲は更にもう一発不思議な撃ち方をする。放たれた銃弾は思ったよりも大きく、あっという間に呂布の片腕を食い千切った。
「ふざ…けるなよ……!!」 
「ごほっ………」
「馬超っ、無事か!?」
「心配するな……それより趙雲、」
「何だ?」
「俺をあの天井に近い台に上げろ」
馬超はぐいっと唇に付いた血を舐め取る。
「俺はどうすればいい?」
「…バリケードシューティングは出来るか?」
「ああ、暗闇でも十分動ける、俺なら」
「姜維を引き連れて、いけ。奴の心臓を狙うんだ」
「了解」
趙雲は勢いよく足を跳躍させ、ダンッと馬超の体を放る。
付き上げられた馬超の体は勢いよく台の上に叩き付けられ、吐き出したい様な痛みに襲われるのを堪えながら体を起こした。
「甄姫、張コウ―――雑魚を頼む!!」
「任せて!」
「承知しました」
二人が頷くのを見て、姜維の姿を探す。
姜維は目を閉じ、何かを呟いていた。
「…………」
「おい、姜維――――」
「出でよ……我が魂に宿りし天水の獣達よ!!」
いきなり円陣を作り出したかと思えば、幾つもの凄まじい光を纏った何かが生まれる。
あっけに取られて眺めていると、姜維は此方に気付いた様だ。
「これは私の力です。生まれた地に封印されていた聖獣達を解き放つ使命がある……」
聖獣、というのはきっとあの光を纏った者達の事を言うのだろう。
「姜維も…異形の者だったな、そういえば」
「そういえばって今更何ですか」
無数の光輝く者達は相手を翻弄する様に飛び回り、特に呂布の周りを包む。
「こんな者共で勝てると思っているのか……?」
「さぁ、馬超殿は何かを指示したのでしょう?彼らが囮になってくれます。急いで!」
「…よくお分かりで。俺と、行動してくれるか」
「はい、了解しました」
すぐに移動を開始すると、呂布が暴れ回っているのが見える。一刻も早くあの鬼神を止めなければならない……
次第に此方にも焦りが見えているのは確実であった。
「馬超からはバリケードシューティングを使えと言われた」
「じゃあ、私は第二の囮になりますから、その隙に趙雲殿が」
「……気を付けてくれよ、姜維」
「分かってますって」
趙雲から目を逸らし、自ら危険へと飛び込んでいく姜維。趙雲は自然とその体を止めたくなる気持ちにかられたが、今は我慢する事しか出来なかった。
趙雲自身にも、誰よりも何よりも大事な馬超から任せられた使命があるのだ。それを忘れてはならない。
遮蔽物を探し、どう動くかを目で考える。すぐにそれを纏め上げ、姜維に後れを取らない様に動く。
足は震えを持たなかった。何の感情も沸き出てこないのが不思議なくらいだ。
的を絞り上げる。そして、静かに構えを取り――――銃口を確実に、呂布の胸に当てる。だが、
「……いつまで逃げるつもりだ………?」
呂布のごつい腕が、細身の姜維の首を掴み上げていた。ギシギシと締め上げられ、呻き声が微かに漏れるのを聞きとる。
姜維の生み出した魂がまた戻っていく。光を失い、色を失って。
それが全て消えた時、彼の命もまた消えるのではなかろうか、と。
「っ、姜維………!!」
「……ちょう、雲……今だ……!!」
その微かに発せられた言葉に、趙雲は思わず声を失った。

―――――何を、言っている?
お前、そんな事をしたら―――――――
 

「今しか、な、いんです……早く…っ……!!」

「姜維!!」
卑劣にも、誰も咎められる事のない世界。何故、こんな事が許されるのだろうか。
そんな事は、とっくの昔に受け入れていた筈なのに。
愛する人をこの手に守り抜くと、決めた日から理解しきっていた筈だったのに。
生憎と精神は、まだ平凡さを求めているのが苦痛となる。
馬超の様に、割り切れない。まだ、まだ。愛し焦がれる軍神、非道なる漆喰の聖母には敵わない。
「引き金を……はや、く」
ギシリ、と更に締め付けられる鈍い音がする。次第に姜維の力が弱まっていく。


は や く。

撃ち抜け――――――――



「うあああああああッ!!!」
僅かに、確かに馬超の声と重なって、気が付けば引き金を思い切り引いていた。


ダァァ―――――ン………




目の前が、鮮血に染まった。
全てが、ずるずると崩れ落ちていく様に赤く染まっていく。

「呂、布…………!!」
確かに銃弾は、真っ直ぐに呂布の心臓を撃ち抜いた。

同時に、姜維の心臓も撃ち抜いた。


「ちょ、うん……よか、った………」
コフッ、と血を零し、弱められやがて力を失った腕から解放された姜維の体はどしゃっと床に落ちた。
呂布も同時に、白目を向いて床に倒れ伏す。
「姜維!!」
事態に気付いた張コウと甄姫も駆け寄るが、いつの間にか姜維の体は見えなくなっていた。
「まさか………」
「そんな……」
趙雲は頭を強く殴られた様な、強い衝撃を受けた様に唖然と意識を飛ばし、その場に崩れ落ちた。
自分が殺してしまったのだ、紛れもなく――――仲間を、この手で。
その瞬間。

「気付きやがれ…馬鹿、ヤロ……」
「馬超!!」
馬超は荒い息遣いだったが、何とか床に降り立って一本の注射を取りだした。そして自ら撃たれた肩に撃ち込んだ。
そしてふぅ―っと息をつき、
「さっきのは影武者だってのも気付かなかったのかよ」
「……え」
「…という事は」
張コウと甄姫はっとなって辺りを見回す。
「…こっちにちゃんと居ますよ、死んでないですから!!」
と、姜維は手を振る。
「……良かった」
趙雲もほっと息をつく。本当に殺してしまったのかと思ったのだ。
「ていうか馬超、さっきから全然血が止まってないんですけど」
「見てて痛々しいわ……」
「傷は本当は空気に当てていた方が固まり易いんだがな?」
「貴方のは尋常じゃないからすぐにはどちらにせよすぐは固まらないわよ」
「平気だ、痛み止めは打った」
張コウは居た堪れなくなり、ハンカチで傷を覆った。しかしすぐに流れ出た血で染みてしまう。
「……気にするな、それよりもまだ本命は殺ってないぞ」
「…馬超、妙だ…相手が、一人も見えない……」
「何、」
姜維も信じられないと言った顔付きで辺りを見回す。だがやはり敵の姿は一人として見えなかった。
ぽつんと残された様に、辺りに居るのは馬超の味方達のみである。
何かの罠かと自然に身を固くして五感を研ぎ澄ませると、カツ、カツ……と誰かが近付いてくる足音らしき音が聞こえた。
「……誰か、来る」
「………」
それはその場の全員が気付いた様で、拳銃を素早く手に持つ。ひんやりとした床の硬い音がやけに響くのが不気味だ。
しかし暫くして、存外間の抜けた声が聞こえてきた。
「………おいおい、神妙な面ばっかなんだがよぉ…俺は味方だぜ?」
「夏口…淵!?」
張コウは思わず叫ぶ。すると相手も気付いた様で、すぐに顔を綻ばせた。
「おお、張コウ!やっぱり先に合流してたのかぁ」
そう言って無邪気に笑っている。その様子に趙雲も体の緊張を解いた。どうやら張コウらの仲間らしい。
「…貴方は?」
「おお、お前らが蜀漢……若ぇなぁ、三人共!俺は夏口淵だ、宜しく頼むぜ」
夏口淵はガハハと笑って屈託のない表情を見せる。どうも曹魏には案外表裏の少ない者が多い様だ。
以外に思っていたイメージとは離れていて、そこには趙雲も驚きを隠せなかった。
「…で、事は終わったのね」
「おうよ」
甄姫は確認を取って、訳が分からぬと言った顔付きの馬超達に説明し出す。
「夏口淵は別の入り口から侵入していたの。それで、罠を敷いて……案の定、敵の大半は罠に嵌って捕まえられたわ」
「まぁ、こんくらいどうってことはねぇよ!俺ぁそういう事は大の得意なんだ」
と夏口淵はへへんと笑ってみせる。本当に良く笑う男だ。
「しかし…問題の、董卓を逃がしちまった……」
夏口淵は悔しそうに目を逸らす。悔しいのは馬超とて同じ事だ。
「仕方ないだろう。呂布は死んだ。それだけでも次が殺り易い」
「また、機会があればお会いしたいものですわね」
その言葉に、自然とその場の皆が頷く。曹魏にもこんな風に気の合う奴らが居たという事は、逆に嬉しかった。
また、機会があれば共に行動したいと。
別れの言葉の代わりに、互いに手を握り合って、笑った。
「そうですね…」








――――そうして、その一件は幕を閉じた。


後始末には姜維が無条件で借り出され泣き声になって助けを求めていたが、もはやそれは遥か前の事の様である。
馬超も趙雲も周りから見れば相当の傷を負っていた為、二人してすぐに手当を受けたのだ。
それから暫くは安静にと、諸葛亮からも念を押されてしまった。姜維がどれだけ助けを求めても、これでは無理な筈である。
コーヒーが切れたまま飛び出してきたのは確実に間違っていたと、姜維は今更後悔していた。
クタクタになって帰ってすぐに、コーヒーのパックを大量に買わされたのだから。
それだけで済めば良かったが、溜まりに溜まった書類の始末やら、今回の報告書やら正直気が可笑しくなりそうなくらいだ。

「姜維も急がしそうだな」
「まぁ、自業自得だろうけど」
そう言って馬超と趙雲はくくっと笑う。
そんな事も知らずに当の本人は走り回っている事だろう。

「……まぁ、正直俺が出す筈だった報告書も頼めてラッキーだがな」
「お前も結構黒いな……」
「まぁ、な」
「それよりもこのハンカチ、またあいつに返さなくちゃな」
億劫そうに趙雲はそのハンカチを摘まみ上げて言う。
「構わねぇ、またあいつらに合う口実になってくれるさ」
「……あ」
何気に嬉しそうに呟く馬超に、ちょっぴり嫉妬の想いを寄せた趙雲である。
不貞腐れるのを堪えて、趙雲はそっとベッドから抜け出て馬超にキスをする。
ふんわりと香ったのは、見舞いにと飾られた華やかな花であった。
「……何してる、ベッドへ戻れ餓鬼」
「餓鬼だったら、言う事なんてろくに聞かないし」
「言ったな…」
馬超は睨み付けてくるが、完全に趙雲を拒もうとはしない。さらさらと手に触れて絡まる銀の髪が心地よい。
その事に確かに想いを感じ取りながら、趙雲はそっと彼に深くもう一度キスをしたのだった。


「愛してる、私の軍神」






Your temperature is divided again.
(…もう一度、貴方の体温を分けて)









End


初めてですここまで長く書いた短編って……
馬超と趙雲から始まってここまで話が広がったのは正直自分で書いといてビックリです
まだこの調子だとバンバン続きが書けそうですね^^ていうか書きたいな〜。
クソ長くなって話を二つに分けましたが、お付き合い下さった方は有難うございました! 2010、4、2





The future loved with you exceeding time
<時を超えて君と愛する未来>
Do and you know?
<ねぇ、君は知ってる?>
Reason why I loved you so much
<私がこんなにも君を愛した理由>
It is still insufficient only in heat
<熱だけじゃまだ足りないんだ>
Mars of me that it wants all of you
<君の全てが欲しい 私の軍神>
Selfishness……
<もっと叫びたい 君をどれだけ愛しているかってこと>



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