このお話は、一応ホウ徳→馬超となっていますが結末が酷いです
死ネタな上に狂気が混ざるので当然ながら激しい流血描写があったりします
ホウ徳と馬超のイメージを壊したくない方は読む事をお勧めしません
以上を踏まえてOKという方のみスクロールどうぞ↓
死別など、唐突だ。
かつて血を分けた家族であっても、共に戦場を駆け抜けた家臣、戦友であっても。
死など、この地ではごく普通に、突然訪れては風の様に去ってゆく。
そう、認識していた。
そうとしか、認識出来なかったのだ。
<凍結>
「――本当に宜しいのか?」
重々しく、関羽は口を開いた。
その口調は静かで、酷く優しく、馬超を窘めているかの様だった。
「…先程から、もう宜しいと十分申し上げた」
馬に跨った馬超は、至って冷静に答える。
その瞳が見据えているのは、紛れもなく敵陣の方角。
「貴殿が、心を痛めるのではないかと…、馬岱殿も止めようとなさっていた様だが」
「あれはあれでお節介過ぎるのです、お気になさらずに」
「……そうか、ならばもう言うまい」
関羽はそう呟き、ゆるりと髭を撫でた。
「――では、参ろう」
曹操がこの付近に攻め入ってくる、という情報が此方に入ったのはつい先日の事だった。
場所は樊城―――そこが、今回の戦場となる様だった。
勿論、その中に曹操が居る訳ではない。
その場を打ち破り、その先へと攻め入らなければ彼に会う事すら出来ないだろう。
だが、この戦は己の目的を果たす絶好の機会である事に違いない、と
馬超はすぐに参戦する決意を示したのだ。
無論、同時にその軍勢の中にはホウ徳も居ると情報は入っており、馬岱を中心に周りは彼を止めようとした。
が、馬超は是が非でも留まろうとはしなかった。
「俺はこの目的の為だけに生きてきたのだから」
そう、何度口にしたのだろう。
憎い、憎い………己の全てを奪った、あの男が。
自らの手で引き裂いて、ずたずたに殺してやりたい。
それが敵うなら、かつての家臣の命など。
それだけが、願いだった。
それ以外は、何も望みはしなかった。
唯一つの、望みも…………
「ホウ徳殿、少し、お宜しいですか?」
――同国、魏軍の一部隊の副将が静かに手を付け、話し出した。
「何だ」
「先程入った情報なのですが…関羽率いる蜀軍勢に、馬超殿がいらっしゃると……」
「………そうか」
「ご意志は、曲げられませぬか?」
「………一人にしてくれ」
「は」
後にはホウ徳一人が残され、暗い静寂が訪れる。
ホウ徳はまだ、迷っていた。
彼と完全に対立した今、今更だと思う自分と、再び会いまみえた時、心持が変わってしまうのではないかという、
恐怖にも似た感情。
全ては、時の流れに流れ流されゆくのみ。
魏軍が出陣したのは、それから数時間後の事だった。
ホウ徳は覚悟を決め、武器を手に、戦場に立つ事を選んだ。
たとえ、それが最後の戦いになったとしても。
―――心を閉じる。
自ら冷却して、閉じ込めてしまえばいい。
すぐにほとぼりなど、冷めて消えればそれまでなのだから。
それまで心の奥底に閉じ込めて、ホウ徳は戦場に赴いた。
「――退くなっ!全員、突撃ぃぃぃ―――!!」
たちまちワァァァと激情に身を任せた蜀の兵士達は、一斉に魏軍へと突っ込んでいった。
魏軍もたちまち負けじと突撃を開始し、あっという間にその場は真の戦場へと変貌する。
そして程無くして、矢が飛び交い、両軍の兵士が犠牲になっていった。
その中で、馬超は一人曹操を探していた。
彼はもっと先に居る筈だ、だとしたら……
この場は関羽殿が指揮を執ってくれている、それだけで十分だった。
自分は仇を討つ為に、先へと馬を駆った。
「――待たれよ」
「!」
トーンを落とした様な低い声に、馬超は振り返った。
「お前は……」
「お久しぶりでございますな、……馬超殿」
目の前に現れたのは、ホウ徳だった。
忘れもしない、はるか昔の様に思える彼との思い出。
彼に無理を言って何度も稽古を付けてもらい、どれだけそれが今の力となったのか。
だからこそ、馬超は彼の事を心から尊敬していて。
その存在が―――今、目の前で敵として立ちはだかっていた。
「…今一度だけ、言う。ホウ令明殿…退いては、下さらぬか」
それは、彼の――恐らく、これが最後であろう、声掛け。
その声は、遥か幼き日々に忘れ置いてきたもの――――時は、取り返す事は出来ぬ。
「私めも…歳を、取りましたな」
「………ホウ徳殿」
「こうなれば、私めも覚悟を決めて、貴方の前に立ちはだかるのみ」
そう言葉を濁さずに言い放ち、これで良かったのだ、と武器の刃を相手に真っ直ぐ向ける。
お互いに、己の信念を曲げる事は、出来なかった。そして、もう引き返す事も出来ない。
それは、道を違えた時から、確かに覚悟していた、筈なのだから。
今更その事を悔いた所で、結局何も変わりはしない。
「残念だ……ホウ徳、殿」
馬超は静かに、俯き掛けて、そして此方をもう一度見た。
静かに、懐かしさを湛えた双眸が光る。
悲しみを伴い、苦しみを押し潰してきた、戦に生きる彼の全て―――
自分に、そんな彼を殺す事が、出来るだろうか。
微かにちらついた苦しさを感じた瞬間に、馬超がざっと纏っていた覇気を変え、それは冷たい殺気へと変貌させた。
今まで感じた事のなかった、鋭く寒気を感じられずにはいられない、その只ならぬ気迫。
これは覚悟を決めねば、なりませんな――――
馬超は、もう何も言わなかった。
静かに槍を構え、真っ直ぐに矛先が此方へ向けられる。
それがゆっくりと、構えられたかと思えば、すぐに烈風が起きた。
「―――ッ」
気が付けば、その気迫に気圧され、あっという間に槍で攻め立てられていた。
ホウ徳は必死に双戟でその攻撃を防ぐが、所々で至る所を掠め、思わず呻き声が漏れた。
手加減など、あったものではない。
全てが、自分に死を齎さんと、その切っ先を向けている。
立ち向かわなければ。
その恐怖を、払い除けなければ。
待ち侘びたとばかりに、死がじわりじわりとにじり寄ってくる。
「……ふ、ん!!」
ガァン!と強い衝撃音が響き、馬超の軽い槍を浮かせる。
馬超はすぐに反応し、すぐに槍を持ち直した。
そこに出来た隙を見逃さず、刃を逸らさずに相手の首筋に突き出した。
しかしそれで貫く事は敵わず、跳ね返されたと思えば激しい連続攻撃が繰り出された。
これにはさすがに手を出す事さえ敵わず、ただ防戦一方で耐える事しか出来なかった。
槍を繰り出す腕が、ずっとがっしりと締まっていて、頼もしく見える。
あれからもう数年手合わせなどしていなかったが、やはり鍛錬は怠らなかったのだろう。
最初の頃よりも手つきが素早く、力強くなっている事を、ホウ徳は身を持って感じていた。
―――負けるかもしれない。
ふと、そんな予感が過ぎった。
元々は彼を裏切ったのだから、今になっては受け入れるべき運命なのかもしれないが。
それでも、自ら死を受け入れようとも、しなかった。
そんな事をしても、惨めになるだけ。
それに、彼を失望させてしまうかもしれない。
……結局は、彼に忘れられてしまう。その事が、一番恐ろしかったのだろう。
やがて、疲労が最大まで達すると、その時は訪れた。
「……、これまで、か…」
「っ……は……」
息が、一瞬途切れた。
「―――さらばだ、ホウ徳殿……」
覚悟は、一瞬だった。
最後まで、彼の瞳を見つめていた。
あの頃よりも、彼の姿はずっと―――美しく、最後まで映っていた。
“馬超殿…強く、在られよ………”
もう、そんな言葉など必要なかったのだな。
貴方は既に強く、美しくなられていたのだ………
思い残す事は、きっと無いであろう。
願わくば、貴方に相応しい幸せを。
最後にそう呟いて、目を閉じた。
「……はっ、は………っ」
胸が、苦しい。
締め付けられている様に重たく、息が酷くし辛い。
手に握った槍が、カタカタと震え出す。
彼の首目掛けて槍を放った瞬間、酷く眩暈がした。
――――殺めて、しまった。
我が手で、この槍で。
初めは一瞬だ、そう思っていたのに……
酷く、嗚咽に似た苦い声が漏れる。
「ああ、あ……ぁ」
濡れている、雨も降っていないというのに、自分の顔が濡れている。
堕落した様な感覚が、酷く自身を崩し、浸食していく。
“―――ほら、どうなされた…顔を、上げなされよ”
「ホウ…徳…っ殿………」
“我が主、どうか御顔を………”
ああ、どうかもう一度。
その優しい御顔を上げて。
私に、微笑んで。
私は貴方の幸せだけを願っているのだから………
俺はどうすればいい。
目的が…分からないんだ。
ああ、喉が枯れている。
声が出ない。
“苦しいなら……心を閉ざして、鬼になれ”
真意は、確実に捻じ曲げられていた。
確かな、彼の謳っていた正義とは程遠い、狂喜よりも凄まじい恐れが身を纏う。
「ホウ徳殿――――」
微かに、彼は微笑んだ。
それが、最後の彼への手向け。
花でもない、残る事もない、捧げ。
くっ、と何かが漏れた。
心が弾け飛ぶ。
後に残ったのは何処までも黒い暗黒の瞳。
再度目を開けた時、彼の薄い琥珀の瞳はサファイアの様に何処までも深い蒼だった。
その目に湛えるのは迷いではなかった、唯死に打ち勝った者の双眸。
「……馬超殿」
いつの間にか、関羽殿が後ろに立っていた。
その事も気にせずに、彼は再び槍を持ち直した。
「!? なっ、何を……」
鋭く、聞きたくもない金属音が響き渡った。
ざくっ、ぶしゅ、ぐちゃ……っ……
何処までも嫌な音が響く。
「は、はははっ……はははは……!!!」
槍を無差別に突き刺しているのは、紛れも無くホウ徳の死骸。
もはや原形すら留めてはいなかった。
「っ!!」
狂っている、そうとしか見えない、彼の行動。
しかし、馬超は至って平常であったのだ。
静かに、彼は頬にこびり付いていた血を舐め取った。
「関羽殿……そちらは、宜しいのか」
「あ……ああ」
「そうか…俺の望みも、もうすぐ成就する……」
そう言い、槍を突き刺す動作を止めようとはしない。
血はとっくのとうに流れ、肉の破片が飛び散っているだけであった。
微かに“もうすぐだ、”と嬉しそうに呟いて、馬に騎乗した。
彼がその後一体どうなったかは、神と彼のみぞ知る事である。
End
書き上げて第一声がホウ徳ごめんよぉぉぉぉでした……どうしてこうなったんだろ(ぇ
ホウ徳→馬超なのかしら……?この二人の運命はあまりにも悲しいので、いずれはほのぼのさせてやりたい。
ホウ徳はこっそり影から馬超の幸せを願ってそう。元々根は優しいんだよね!?令明殿……うん。
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