ただ愛したかっただけ










「あ………っ」
「………」
「う、ぁぁ…」



何処からか、そんなくぐもった嬌声が聞こえ、思わず趙雲は動きを止めた。
これでも自分は耳が良い方だと自負してもいるので、まず聞き間違いという事はない。
しかし今は聞き間違いであってほしかった。


「や、ぁ!」
「……しろ……!」
しかし、そんな僅かな願いも空しくその声は更に聞こえ、確実に現実だと思い知らされた。しかも、案外近くの部屋から声がする。
それにしても余程苦しいのだろうか、嬌声を上げている方の声は酷くか細く感じられた。
まさか、と趙雲は後ろめたさを感じながらも声のする方へと足を向けた。もしこれが思いもよらぬ出来ごとの始まりになるとも、彼は知らずに―――――





「っ、あ……!」
「もっと動け!」
かなり相手の声は荒げられ、まさか壁一枚の先に趙雲が盗み聞きしているとも気付いてはいまい。余程行為に夢中になっていると見える。
犯されている者の方はかなり激しく犯されているらしい。ベッドのギシギシという規則的で強く軋む音がかなり高く聞こえてくる。
しかしそれが犯罪的行為かと問われると断定は出来ず、此処で野暮にも入っていく事も出来ない。
すると微かにまた声が聞こえてきた。

「や、ぁぁ……ッ」
「…いザマだな……馬超!」



その言葉は趙雲の体を真っ二つに引き裂く程の衝撃を落とした。
――――馬超。 最近この蜀の地に降り、ある程度の位置に付いている西涼の錦の名。
その名に恥じぬ程の武勇と女も恥じらう程の容姿を兼ね備え、誰もが畏怖しつつも感嘆する彼の存在。
そして初めて会った時から趙雲が密かに心を寄せていた人物であった。
要するに人生初の一目惚れ、というヤツである。
その馬超が、今誰かに…犯されている。

趙雲はそれ以上どうする事も出来ず、唯茫然とそのまま立ち尽くしていた。時間だけがゆっくりと過ぎ去っていく。
まるで周りの全ての景色が、時が凍りついてしまった気がした。さながら、してもいないのだが初恋が失恋で終わった時の様な、いやそれ以上の絶望感が泥沼の様に溜まる。



あまりに苛烈な彼らの行為が終わったのはそれから一時間程した頃だった。
ドアに近付いてくる音にはっとなり身を潜めていると、見慣れない男の方が出て行くのが分かった。きっちりと服を着直し、落ち着いた顔つきで歩いていく。
その姿は勿論先程までの獲物にがっつく様な姿を彷彿とは全くもってさせなかった。
馬超が出てくる気配はない。気付けばそこは馬超の部屋だったのだ。まだ帰る邸もなく、彼はこの部屋を与えられて生活していたのだ。
比較的、この辺りには人の通りなど滅多にない。その事が返って彼を苦しませる事となったのだ。
趙雲は思わずノックもせずにいきなり部屋のドアを開け、中に入った。
「…馬超殿」
「……趙、将軍…!?」
何故此処に、と目を見開いた彼が問う前に趙雲はずかずかと入り込み、ふっと馬超の体を抱き締めた。彼は体をぐったりとしたまま趙雲にされるがままになる。
すると仄かに馬超以外の雄臭い臭いが鼻をついたが、今はこんな事を気にしている余裕はなかった。彼の口から零れる吐息はしっとりと濡れていて、先程までの行為が余程負担になったのだろうという事を感じさせる。
思ったよりもずっと腰は細く、こんな体なのにあんなに激しく抱かれていた事を思うと居た堪れない気持ちにしかならなかった。
「馬超殿……どうしてです…?」
「…何を、」
「先程出て行った男に、…好き放題にされて…」
「っ…気付かれたのか…!」
その羞恥を隠す様に、彼は己から顔を出来るだけ背ける。しかしそれを己は許さずに顔を真っすぐと向かせた。勿論彼の顔は紅く真っ赤に染まっている。
「私は耳がかなり良くてな。……それより」
趙雲は馬超を抱き締める力を強めて続けた。彼の抵抗はまるでない。それがする気がないのか、それとも。
「此処を出ましょう。私の邸で構いません、少なくとも貴方をあいつから守ってやれる」
「…それは無理だ」
彼は静かに己の腕をゆっくりと振り解き、目を閉じて言った。銀の髪がさらりと掌に零れ落ちる。
「何故、」
「…これは俺の問題だ。手助けなど、いらぬお世話にも程がある」
「しかし…!」
「…会って間もない将軍に掛ける情けがあるくらいなら、自分の兵達に掛けてやったらどうなんだ…大体」
「馬超殿っ、私は…」
「…余計な御世話だというんだ、貴殿の情けは!」
彼はついに私への苛立ちを抑えきれなくなったのか、声を荒げて言い放った。
「……それでも」
「貴殿には義理を通す必要などない。…第一貴殿程の者にこの俺が迷惑を掛けられるとお思いか」
「それは……」
同じ将とはいえ、国や周囲の者からの信頼にも差は歴然であり、そこは馬超の言葉が正しい。
「帰ってくれ。趙将軍…此処は貴殿が居るべき場所ではない」
口調は酷く優しかった。しかし余りにも分かりすぎた正しきべき言葉は、酷く趙雲の心を痛めさせた。





それから数日が経った。
あの時の彼の顔は未だに心に張り付いていて、消える気配がない。

苦しんでいた―――――彼は。

私が彼にしてやれる事は何だ?
私が彼を護ってやれる方法があるのか?
己の脳裏にはさまざまな思考が浮かび、休む暇を与えてくれない。
いつかあのままでは彼は壊れてしまいかねない。そんな事になったら私は一生あの時に救えなかったと嘆き続けるのだろう。
どうにか救ってやりたいという気持ちしか湧き上がってはこなかった。


その後、珍しくほぼ誰も足を踏み入れる事のない書庫に入り、埃臭い臭いを手で払いながら、趙雲は必要な資料を探していた。
さまざまな大小の本が蜘蛛の巣に覆われ、カビが見えるものもある。いずれ此処にはキノコでも生えるんじゃなかろうかと趙雲は思った。
ようやくその中で探していた本を取ろうとした時。

「………ぁ…」
カサ、といった微かな物音共に聞こえた掠れた声。
「…?」
思わず本を手に取らずに動きを止めると、何処から聞こえたのかと耳を澄ませた。
「っ、離せ……!」
「大人しくしろ…」
「やっ、め……」
数人かの男達の声に、聞き覚えのある透き通る様な声。……間違いない、彼だった。
「へへ、これからたっぷり犯してやんだからよう」
「綺麗な顔がそそるなぁ……けけ」
「くっ、う……!」
ギシギシと古い壁が軋む音がして、紛れて男達の下品な笑い声が聞こえてきた。このままではまずい。
趙雲は後先も考えずに素早く行動していた。
「へへ、さぁて………っと!!?」
ガッ、と首に腕が伸ばされ、男の首が締め上げられる。そしてもう片方の男が本棚に打ち付けられた。
「な、何だ…テメッ」
「これ以上は止めてもらおう。…さもなくばこの私が相手になろう!!」
我ながらドスの聞いた声が暗い小部屋に響き渡る。
「なっ、趙、将軍………!?」
「ズラかっちまえぇ!!」
男達は呻きながら急いで部屋を飛び出し、部屋には座り込んだままの馬超とそれを見下ろす趙雲だけとなった。

「………何故、貴殿が………」
「余程私は運が良いらしい。…大丈夫ですか?」
彼は何も言わず、縄できつく縛り上げられたままの手を見せた。
「……な…」
その姿に思わず笑顔がさぁっと引き、奥から冷たい感情が昇ってくる。もしこの場にまだ彼等が居たら間違いなくこの手で捻り潰していただろう。
すぐにその手の縄を解き、手を差し伸べた。すると。
―――ぱん。
「馬超、殿…?」
乾いた音が響き、馬超は目を潤ませて呼吸を荒げていた。気の所為か目元はいつも以上に紅みが差している。
「余計な…お世話、だとっ……言ったのに……っ!」
「…それでも、私は………」
私は………

唇からついにその言葉が漏れようとした時、馬超がゆっくりとさらに体を崩した。ズズ、と体が擦れ本棚の埃がぱらりぱらりと堕ちてゆく。
「ちょっ、馬超殿…!?」
「触るな……! っあ……!」
思わず肌蹴た腕を掴もうとすると、びくりと彼は体を震わせた。
「馬超殿、まさか…っ」
「言うな……っ」
まさかとは思ったが、確実に症状が媚薬を体内に入れた時の反応でしかなかった。その様子に趙雲はいつもの制御が出来ずに、腕を伸ばしてしまっていた。
しなやかな白い肌が酷く扇情的で、思わず趙雲は馬超の紅い唇に口付けをした。間も与える事無く舌を深く深く絡めていく。
趙雲が何より彼に口付けたいと願っていた事が思わぬ所で叶ったのだ。馬超にしてみれば唯のいい迷惑でしかないだろうが。
「ふっ……んん!」
吐き出される彼の吐息は湿り気を帯びている。そしてゆっくりと片手で彼の服を剥がし、ぴんと張り詰めた乳首を擦り、両方から彼の体を愛撫した。
趙雲の鼻をほんわりと不思議な彼特有の香りが掠め、何となく自分が酔ってゆく様な感覚に陥った。
自分の腕の中で必死に悶える彼は酷く小さく、幼く見えて、同時にいつも異常に淫靡な姿の所為かより扇情的ですぐに自分のモノは勃っているのが分かった。
「はぁ……ちょ、趙しょっ…う!」
紅く染まっていた耳もゆっくりと舌で舐る。それだけで彼は声を上げてしまった。余程媚薬の効果が効いてしまっているのだろう。
「このような……っああ!」
趙雲の柔らかな手の動きは次第に動きを増させ、更に下へ下へと伸ばされていく。その先に触れられるモノなんて、男なら誰でも分かるところだ。
「無理…なさらずに」
「やぁっ…だ、駄目だ………ぁぁッ」
くちゅ、と嫌らしい水音が趙雲の触れた袂から洩れた。既に上半身に施された愛撫だけで相当感じてしまっていた様である。
指で手淫を施していくだけで、やがてそこはトロトロになり、趙雲の手も同様に液体に濡れた。そのまま手を伸ばして彼の秘部をその滑った液体で濡らし、ゆっくりと丁寧に解いてゆく。
「ああ……も、ぃ……あっ」

ぱた、ぱたっと液体が馬超の苦しそうに起ったモノから零れ、顔からは生理的な涙が頬を伝って埃塗れの床に落ちる。
馬超はいつしかその小汚い床にも気にせずに仰向けになる体制で趙雲の手淫と秘部の施しを受ける形になり、その状態でびくんびくんと激しい快楽に溺れていた。
「はっ…馬超殿」
「あっ、あ……もぅ……だ、めぇ…!」
喘ぎ出す様に零れた声は汗と涙と共に落ち、遂に馬超は趙雲の手の中に溜まりに溜まった精液を出す。
余程溜め込んでしまっていたのか、かなりその液体は濃かった。
「……随分としていなかったのですか?」
「…随分も何も、この蜀に来てから一度もしていない……」

まさか。
一瞬趙雲は耳を疑ったが、彼が嘘を吐く事は到底ありえなかったのでその言葉を信じる。馬超がこの蜀の地に来てから、数か月というくらいだが、それでも驚きは拭えない。
己はと言えば、既に馬超の事ばかりを考えてしまい一週間に二、三回してしまう時さえあった程だ。
ぽたりと掌に落ちた白濁の液体に気付いて再び意識をその場に戻す。絶え間なく動かしていた指の先の彼の秘部はもう液体に塗れてぬるぬるになり、指は軽く押しただけでもつるりと飲み込まれていった。
「ぁ………っ」
「怖がらないで、力を抜いて…」
自分の起ちあがったモノをゆっくりと彼の秘部に宛がい、腰を打ち付けていく。くぷぷ、と中からは更に溜まっていた液体が伝い、彼の白くて滑らかな太ももを濡らした。
「み…見るな……!」
必死に絞り出された声と僅かな抵抗があったが、余程体にきているらしくすぐにそれは止んだ。
「大丈夫ですよ……全て、綺麗ですから……っ」
趙雲はもう既に自分がどれだけ恥ずかしい本音を馬超にぶつけているかなど気付いてもいない。ぐいっ、と腰を引き寄せ、更に奥へ奥へとモノを埋め込んでゆく。
初めは必死な行為からか痛みこそ生まれたものの、すぐにそれは滑りと共に快楽を生み出し始める。
馬超を見れば先程あれだけ達したというのにも関わらず、また勃ち上がっていた。それも同時にきゅうっと掌に包む様に握ると、いとも簡単に精液がトロトロと零れ出した。
「大丈夫ですかっ……」
「う…あ、ぁ…っ」
はぁ、はぁと次第に互いの熱が急上昇し、どくどくと耳元でなる心音を聞きながら、そろそろ互いに絶頂が近いと感じ始める。
趙雲も自慰を時折していたとはいえ、実際に人と行為に及んだのは相当久しぶりである。
もしかしたら自分も手加減できないかもしれないと思い、優しく震えている彼に囁き掛ける。
「馬超殿…そろそろ達するでしょうが…、手加減できなかったらすみません…」
すると、思ったよりも優しい声で彼は言うのだ。
「手、加減などっ……俺には、いらぬ……来、ぃ…ッ」
そんな言葉を紅く潤んだ瞳で見つめながら言うものだから、趙雲は更に我慢が出来なくなってしまいそうだった。
「じゃあ……いき、ますよ…っ」
ぐぐっ、と更に奥を貫き、馬超の体が酷く痙攣する。
「――――っああああああ!!!」
加減などおろか、一瞬意識を飛ばしてしまいそうな程の快楽が湧き上がり、白濁の液体が勢いよく辺りに飛び散った。液体は相変わらず濃いもので、べとべとになっていた。
もう起ち上がる気力もなくなり、そのままどさりと二人は床に倒れ込む。酷く埃臭くて一瞬うっとなったがもう気に留めない事にした。
「は……っはぁ……」
馬超は大きく上下に胸を動かし、ゆっくりと息を吸ったり吐いたりしている。
「! 馬超殿、」
疲れてはいたが、趙雲は最後に残る力で馬超を自分の腰に乗せる。そして、肌蹴た馬超の体に服をするりと通させた。せめて、そのままでは冷えてしまうだろうと気遣ったのだ。
「…な、にを」
「そのままでは埃を多量に吸いこんでしまって体に毒ですよ」
「………」
馬超は特に反応も無く、黙ったまま目を閉じていた。呼吸は次第に穏やかになっていく。表情もまた落ち着きを取り戻す。
「馬超殿?」
「…貴殿は…優しいのだな……」
彼はただじっとそれだけを呟いて目を閉じたままでいたのだが、確かに趙雲は気付いた。
彼の頬を滑らかに透明な液体が流れていたのを。



どうして、彼は涙を流したのだろう。
その事が、趙雲はどうしても忘れる事が出来なかった。













End

最初からいきなりヤってました......えへへ←
趙雲は相変わらず片思いポジションです 2010,9,25



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