風に吹かれて










「フォルデが居ない?」
エフラム様がお姿を現したのは、どうやらあいつに用があったかららしい。
「ああ、フランツに聞いてみたんだが…カイルなら知ってるんじゃないかと」
「……聞いてませんね。私でよければ、探してきましょうか?」
「ああ、寧ろお前じゃないと見つからない気がする」
それはないと思いますが、とカイルは軽く笑って厩へと向かった。
あの様子だと、どうやら城を離れているに違いない。これはカイルの勘だった。
だが、その勘はよく当たった。最も、フォルデに関してだが。


(…もう、慣れたものだ)

こういった付き合いも、もう数えるのを忘れるぐらいの年月が経った。
ルネスで新たに騎士として授章した時も、まだ覚えていたが、あいつとの付き合いはもっとずっと前からだった。
あいつの母親の顔だって、おぼろげながら覚えているくらいだ。
どちらかと言えば、フランツは父親寄りに見える子であった。
それに比べ、あいつ――フォルデは、綺麗な母親によく似た少年で。
(あいつの実力に、俺は憧れていた時期もあった……)
らしくもない考えに、首を振ると、心配そうに愛馬が見つめてきた。
「平気だ。…行こう、あいつを探しに」
ブルル、と鼻息を上げて愛馬はカイルを乗せ、厩を飛び出して城の外へと向かった。


そもそも、こういうことはこれが初めてではなかった。
ふいに、忽然とフォルデは城から姿を消すことがある。
それを探すのは、もはやカイルの役目になっていた。何故か、彼はいつもカイルにしか見つけられなかったのだ。
ゼト将軍や、弟のフランツでさえ。
それはやはり、長きに渡る付き合い故なのか。
まるでフォルデは風のように、するすると手を擦り抜けていく。
それを掴もうと、何度追いかけたのだろうか。



夏に入ったルネスは、鮮やかに生い茂った緑に囲まれ、暖かい日が辺りを照らしていた。
(…奴が絵を描くには、絶好の日和だ)
そう考えると、鮮やかに彼の絵を描く姿が思い出されてくる。
林を抜け、民家が姿を現す。
突如として湧いた魔物たちの襲撃に、一度は壊滅状態にまでいったものの、今ではすっかり立ち直っていた。
人々の笑い声や、人家から漏れてくる煙が人の活きる力を見せている。
(ここも、すっかり戻ってきた)
戻ってきたというよりかは、以前よりも生き生きとして見えてきていた。
ルネスは今までよりも、もっと発展するだろう。これは確信であった。
あの双子の元ならば、この国は更に豊かになるだろう――それは誰もが思う未来の形。
(その世界に、俺達はどう在るだろうな)
そういえば、とカイルは思い起こす。
こうして再びルネスに戻り、復興の道を目指し始めてから――フォルデは以前にも増して姿を消すことが多くなった。
それでも週に何度かの訓練には姿を現していたので、さほど気には留めていなかったのだが。






(どこか、輪から外れようとしているような…)

そんな、形の見えない不安定な不安。
それも、当の本人に会った途端に何処かへ吹き飛んでしまったようだった。


「よぉ、カイル」
「……全く、お前は…」
「やっぱり、お前には見つかるよなあ」
変わらない笑顔が、酷く眩しい。
「エフラム様が、お前に用があったようだが」
「あ、そう。…じゃあ、戻らないとだなあ」
すうっと大きく息を吸い込み、フォルデは起き上った。
「そもそも、なんでこんな所まで…」
フォルデの居た場所は、険しく切り立った崖の本当に先端の場所で。
崩れ落ちたら恐らく助からない高さだろう。
「んー…風が、気持ちいいから、かな」
「フォルデ!」
「へーきへーき、落ちないから」
フォルデはへらへらと笑って、崖の先まで足を踏み入れる。
そこは本当に危ない場所で、そのまま崩れ落ちれば間違いなく谷底へ落ちる。
「……なぁ、カイル」
「何だ…」
「お前は、さ」

俺が、この谷底へ落ちたとしても、追っかけてきてくれるか?


ビュウ、と強い風が吹いた。
「……当たり前だろう」
お前のことだからな、とカイルは言う。
「本当に?」
「ああ。お前に関わった時から、もう諦めている」
「はは……お前らしい」
フォルデがあまりに寂しそうに笑うので、カイルはそのまま抱き締めたい衝動に駆られた。
カイルは愛馬から降りて、フォルデに近づく。
「帰るぞ」
「……ん」
フォルデは大人しく、カイルに腕を引かれる。
(…ああ、お前の手は、安心するな)
口にはしなくとも、カイルのごつごつとした力強い手のひらは、見た目に似合わずフォルデの手を優しく握る。
「俺さ。…なんか、あの綺麗な場所が、素敵だって思うけど…俺の居場所は、あそこじゃない気がした」
「……どういう意味だ」
カイルは、こちらを振り返らなかった。たぶん、今フォルデは情けない顔をしているに違いない。
「眩しくて、未来の明るい世界。…その中に、俺は居ないんじゃないか、って」
「何を……」
馬鹿な、とは言わなかった。どこか蚊帳の外に居るような、そんな気持ちを感じていたのは、カイルも同じだったから。
「――でも、もういいや。お前が居てくれるなら」
「フォルデ……」
「お前の居る場所が、俺の居場所だから」
こん、とカイルの背中にフォルデが寄りかかる。

「……なあ、カイル」
「何だ」
「あのさ…もう少し、ルネスが落ち着いたら、」







この風のように、お前と旅をしよう。













End


書きながら、カントリーロードを聞いていました
なんとなく、この歌が彼らには合うのかなと。
フォルデの居場所はぼんやり風に浮かんでるけど、留まる理由としたらカイルやエフラムがいるから…みたいな。
一緒なら、きっとどこだって行けるよ、っていうクリア後の妄想です
とにかくカイルと一緒に居ればいいかな、なんて考えてたらいいなあ。 2013,7,8









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