<モンフレール>
「丁度いい所に、趙雲殿」
「はい、何でしょうか?」
諸葛亮は丁度目に止まった彼に、思わず声を掛けた。
実際は、こういう時に彼は怪しい(?)企みを抱えていると言っても過言ではない。
だが、その事を知ってか知らずか、元がお人よしな趙雲はすぐにこれに答えてしまった。
「それが、ちょっとした事のお礼で、これを頂いてしまいましてね…」
そして、あからさまにずいっと彼の前にそれを付き出してみせた。
「随分と立派な物ですね。西洋の物ですか?」
「ええ、此方では珍しい物です、と諸葛亮は頷く。
「これを…出来れば、誰かにあげて頂ければ、と」
「…?」
「私が貰ったのですが、ちょっと私は苦手な物ですから」
「そうですか、それは勿体ないですね」
そう受け答える趙雲は違和感などほんの少しも感じていない様だ。
「そういう事なので…折角今日は特別な日なのですし、プレゼントでもしてみてはどうかと」
貴方の愛するお方にでも、とそっと口にする。
その口元に如何わしい笑みが浮かんでいる事に、趙雲は全く気付いてはいない。
「……はぁ、でも…」
趙雲は月英殿にでもあげれば、と勧める。が、
「私の事はいいのですよ、月英もそう言って下さいましたから」
と言って、にこにことそれを趙雲へ渡そうとする。
「そこまで言うのなら」
そう言って、諸葛亮の思惑通りに(?)事は進んだのだった。
諸葛亮が言っていたとおり、今日はバレンタインデー。
男であるならば、誰しも心が浮き立つ日である。
趙雲は、そんな日だからこそ自分もと思っていたのだが、そんな時にこんな立派な物を貰ったのだ。
勿論これは彼にあげようと、内心わくわくしていた。
貰った時のままの、煌びやかな包みが可愛らしい。
彼は喜んでくれるだろうか?
趙雲は、こんな風に誰かに物を贈る事など、滅多に無かった。
だから、尚更緊張もしていたのだ。
そして、同時にそういえば、と趙雲は思い直す。
更に言えば、同時に趙雲が実際、自分が貰う側である事など欠片も覚えてはいなかった。
“いいですか、これにはある特別な術が掛っています。それは、初めに食べた人に掛ります。
ですから…分かりますね?貴方が先に食べてはなりませんよ”
そう、言われていた筈だ。
どういう意味なのかは分からないが、とりあえずそうしてみるか、と趙雲はまっすぐ彼の元へ向かった。
恐らく、彼は今の時間帯は自室に待機している筈であった。
「馬超殿!」
「…趙雲殿?」
「今日って、何の日だかお分かりですか?」
「…?誰かの誕生日だったか?」
「いえ、」
…どうやら、全く感付いている様子は見られない。
これはチャンスだ、と趙雲は心の中でガッツポーズを取っていた。
「あのですね、」
と趙雲はここぞとばかりに小奇麗な包みを取り出す。
カサ、と包みが音を立てた。
「?」
馬超はきょとんとしたまま、趙雲を見つめている。
「これを…貴方に」
「これは…?」
趙雲が差し出した包みを見て、馬超は更にきょとんとしてしまった。
「今日はその…バレンタインデー、という日ですから」
「バレンタインデー?」
「そうです、自分が好きな人にお菓子をあげる日なのです」
「………」
馬超はその言葉を聞いて、思わず黙り込む。
これはどうかな、と趙雲は黙って様子を伺っていた。
すると、馬超は意外にも微笑んだのだ。
「…そうか、貴殿の気遣い、有難く受け取ろう」
「本当ですか!?」
趙雲はあげてよかった、と改めてガッツポーズを取っていた。
ついでにこれをくれた諸葛亮殿の事もさっと拝んでおく。
馬超は早速開けてみてもいいか、と包みに手を掛けた。
趙雲はそんな馬超の事を、嬉しそうに見つめている。
とにかく彼に喜んで貰えて嬉しい、という気持ちでいっぱいになっていたのだ。
「…これは、何だ?」
「ああ、チョコレート、というお菓子だそうです」
「変わった色だな」
馬超はまじまじと見つめ、それを一口でぱくんと食べた。
チョコの甘い香りが、仄かに趙雲にも届く。
「……どうですか?」
「………何だか…」
気の所為か、馬超の目が潤んでいる、気がする。
「もしかして、拙かったですか…?」
趙雲は恐る恐る聞いてみる。すると、
「いや…ただ、何か……」
熱い気がする、と馬超は呟いた。
更に、顔にはほんのり赤みが増している様にも見える。
「これは…お酒か何か…入っているのか…?」
馬超はやけに濡れた声で、趙雲に問う。
その目は完全に潤み、何だか危ない雰囲気が漂っていた。
「お酒…ですか?」
趙雲は自分も、と言って一つ食べてみる。
しかし、甘い味が口の中に広がっただけで、一向に何も感じはしない。
「………?」
「……ふ、ぅ…」
「…水でも、持ってきましょうか?」
「そう、してくれるか」
馬超は静かにそう呟いて、目を閉じていた。
何だか自分に罪悪感が残る気がして、せめて、と趙雲は気遣った。
元はといえば自分が贈ったものなのだ。
毒でない事を、趙雲は真剣に願っていた。
「――水を持ってきましたよ」
趙雲が静かに戸を開けると、荒い息遣いが聞こえた。
「!馬超殿、」
「……趙、雲殿」
趙雲は急いで横たわっている馬超の近くに寄り、水です、と差し出した。
しかし馬超は荒く息遣いをしているだけで、目を開けようともしない。
これはどうすればと趙雲は悩む、だが方法はと言えば一つしか浮かばない。
趙雲は覚悟を決めて、器の水を口に含んだ。
「ん………」
触れ合った彼の唇は熱く、水を与えて唇を離してやると、ほぅと熱い息が触れた。
熱でもあるのではないか、と思うくらい熱い。
趙雲はもう一度、深く口付けをすると共に冷えた水を奥に流し込んでやった。
「ふ、ぁ……」
気の所為か、声まで甘く聞こえる。
更に馬超の顔を見て、趙雲はぎょっとした。
彼の表情は、あまりに扇情的で、とても戦を荒々しく駆ける猛将のものとは思えなかった。
微かに涙を滲ませ、震える唇。
透き通った肌に浮かぶ紅い熱。
強く触れればすぐに壊れてしまいそうなくらい縮んだ体。
……拙い、と思った。
このままだと、自分の自制心が持たない、と確心したからだ。
弱った人を襲うなんて、とてもじゃないが確実に罪悪感で一杯になってしまう。
「馬超殿、少しお休みになられた方が、」
趙雲はそっと掛け布団に手を掛ける。と、
「ん………ちょ、うん…」
そして、微かに聞こえた声。
“一人にするな”
「……何故?」
どきり、と心の臓が脈を打つ。
激しい鼓動が全身を駆け巡っている感覚で満ちていくのが分かる。
「分からぬ、だが…」
傍に居てほしいのだ、と懇願する様に訴えてくる瞳。
その翡翠色の瞳に、何処までも引き付けられて逃げ場を失う自分。
だが、彼の為ならば―――構わぬ。
いくらでも、傍に。
「愛しています…」
いくら呟いても、どれだけ届いているのだろう。
自分の想いは、どのくらい彼に理解されているのだろう?
それも分からぬまま、彼の熱を持った紅い唇に再度口付けを落とした。
甘く、仄かに悲しさ、寂しさを漂わせる一時は、静かに流れていったのだった……。
「―――諸葛亮殿」
「…上手くいきましたか?」
この事を仕掛けた張本人、諸葛亮は爽やか過ぎるくらいの笑みで問う。
「上手くもなにも。いきすぎて困りましたよ」
趙雲は更に諸葛亮の上をいく様に蔓延の微笑みを浮かべ、そう言った。
そしてこれは御礼です、と静かに小奇麗な包みを置いてゆく。
諸葛亮はおや、と予想外の出来事に耳を傾ける。
―――事は、数日前に遡る。
ここのところ、趙雲には想い人が居るらしい、と浮き立った噂が流れたのだ。
この噂を諸葛亮が見逃す筈もなく、彼個人の興味本意から始まった、と言っても過言ではなかった訳で。
誰もが訝しむ様な物を作る事など、彼にとっては造作も無い事である。
趙雲はといえば今までと変わらず、寧ろ職務には精を出している様なので良い事なのだろうが。
まだ諸葛亮には納得できない所があった。
無論、相手が誰かという事である。
しかし手掛かりはといっても、普段彼は自分から滅多に女性に話掛ける事はなく、奥手な方だった。
一方的に女性に好感が持たれているのも事実ではあるが。
不思議と言えば、不思議だ―――
そう、彼が考えていると。
「…馬超殿」
「趙雲殿か」
「先日は、申し訳ありませんでした…」
憂いの表情を浮かべ、僅かに頭を下げる趙雲。
「いや。あれは貴殿の所為では無いのだろう?ならば気にする事もない」
馬超は表情も変えずに、まっすぐ趙雲を見つめている。
「ですが…」
「また、今度楽しみにしている」
「……はい」
馬超の微笑みにつられて、趙雲も微かに笑みを浮かべた。
その二人の間には、相容れぬ程甘ったるい空気が漂っている。
更に、馬超の白い首筋に紅い点が一つ、付いていたのも見逃す事はなく。
「………これはこれは」
何たる不覚、そして同時に……
と諸葛亮はほくそ笑む。
「何やら面白い事になってきた様ですねぇ」
何とも意味ありげに呟いて扇を煽った彼を見て、隣に居た姜維は首を傾げたのだった。
End
ちょばれんたいんの短編でした〜〜〜。なんか馬超が妙に優しくなってる気がします…あぁ、甘っ(?
ちなみに「モンフレール」とは「私の親しい人」という意味らしいです。
どちらかと言えばこの二人にとっては「私の愛しい人」になりそうですが(笑
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