未来の指輪






「あっ、マーシャ!」
「なぁに、兄さん」
マカロフが妹であるマーシャに話し掛けてきたのは久しぶりの事であった。肩で息をつき、マカロフはいつもの様に気の抜けた口調で話し出す。
「いやぁ〜お前に、どうしても頼みたい事があってさぁ」
この手の会話には慣れているマーシャである。
「お金関係ならお断りよ」
「……」
「兄さんが今まで返してくれた事なんてないから信用は出来ないわ」
その冷たい言葉に次第にマカロフののんびりとした表情が崩れていく。
「酷いよ――っ!!なぁ、そんなに駄目なのか?」
「ええ、駄目よ」
まるででかい子供の様に泣きすがってくるマカロフが、とても自分の兄だとは思えなかった。
しかし、ここでまた甘やかしてしまえば一貫の終わりである。
「どうして?此処最近は自分の給料で賄ってたんじゃないの?」
「ん―…それが、少しそれじゃ足りない物があってさ」
珍しく兄にしては大きな買い物でもするつもりらしい。
「でかい賭博でもする気?勿論だったら貸さないわよ」
「そんなんじゃないよ〜。俺にとっては大事な物なんだ」
「何?そんなに大事なの?」
マーシャは深く追求する。マカロフは次第に困った様子で話すが、そこで止める気は全く無かった。
ちゃんとした理由も聞かないで話に乗るなんて事は出来ない。
「…ちゃんと話して、兄さん。兄弟でしょ?」
マーシャは真剣に話す。すると、マーシャの気持ちが伝わったのか、マカロフも何かを決心した様だった。

「それがさ。…結婚指輪、なんだ」
「……え?」

突然の兄の告白にマーシャは頭が真っ白になる。
このどこまでも駄目駄目な兄が、 結婚? 指輪?

「…嘘を吐くならもう少しマシな嘘を吐いて」
「そ、そんな冷やかな視線を送るなよぉ!本当だよ〜」
汗って精一杯に弁解をする情けない兄。本当にこの兄に結婚する相手が居たとしたら、相当のモノ好きでしかない。

そんなモノ好きと言えば…
マーシャには見当たる人が一人、脳裏に浮かび上がった。

「一応聞くけど…相手の人は?」
「………ステラさん」
「………やっぱり」

遂に、この二人は………

マーシャは溜息と同時に仕方ないか、と決心を決めた。
「本当なのね?でも、いきなりどうして?」
「…ステラさん、まだ指輪の事は知らないんだ。話したらきっと自分が出すとか言い出しかねないし…」
「確かに、そうかもしれないわね」
あの桁外れの優しい心を持った彼女の事だ。ましてや惚れ込んだ相手となれば、自分が破綻しても平気でするに違いない。
「こういう時は、俺の方からちゃんと送った方がいいだろうなぁ、って」
「兄さん……」
マーシャは思わず感心してしまった。まさかこの兄が、そんな事を考える様になるとは。これもあのステラのお陰なのだろう。
ステラの桁外れの優しい性格はいろんな意味でこの駄目に出来た兄を直しつつあるらしい。
「ステラさんには何度もお世話になったし。今度は俺から頑張らないとな〜って」
えへへ、と柔らかくはにかむマカロフ。
「偉いわよ、兄さん…見直したわ」

マーシャはにっこりとほほ笑み返して、それなら任せて、と言った。
「これくらいしかないけど…でも、ちゃんと働いてお金は返してね」
「ああ、恩にきるよ〜」
結婚式には勿論お祝いに行くわね、とマーシャは微笑んでお金を渡した。




それから数日後。

「マーシャ〜。指輪が届いたんだけど…どうかな〜」
見せられたのは白い銀箔の宝石が埋まったシンプルな指輪。
「すごくステラさんに合いそうね」
マーシャには思わずこれ受け取って幸せそうに微笑むステラの顔が浮かんだ。きっとマカロフが送った指輪ならどんなにセンスが無くても彼女は喜ぶのだろうが。
「だろ?頑張って選んだんだ〜」
これにして良かった、と言わんばかりに笑顔で大切そうに仕舞い、足取りも軽く歩いていく。

本当に幸せそうで何よりだ、とマーシャは思った。
以前から結婚なんて一生出来ないかと思っていたくらいだったのに。
あの二人の結婚式が楽しみだとも心から思った。でも、結婚してからまた駄目駄目な生活を送らないかと密かに心配もしている。
酒屋のカリルは心配ないよ、と笑っていたがマーシャはまだ落ち着かない。
ウハラダも二人はすごく良いカップルだから大丈夫だと思うのね〜と言ってお祝いする準備をしている様子だった。
同僚のケビンも興味しんしんの様子で、二人はきっと良い騎士夫婦になるだろうとも自信ありげに言っていた。
自分の上司でもあるジョフレ将軍も、皆二人を歓迎していると思う、と微笑んで話していた。

しかし以前の駄目な兄もし戻ってしまったりしたらまたどうするかとも考えているマーシャである。
マーシャの苦悩はまだ当分、続きそうだ。





End


マーシャが思う兄ってどんな存在なんでしょう...すごく駄目だと思ってそうでなりません(苦笑
でもすごくステラとマカロフは話してると幸せそうで思わずこっちが微笑んでしまいます. 2010,7,27



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