自分が幼い頃、とあるきっかけで目にした氷の事を思い出した。
何処だったかなんて覚えてはいなかったが、深い洞窟の奥深くの泉から取られたという、限りなく純度の高い氷。
それは水にとぷんと浸かっていて、何処までもきらきらと、ゆらゆらと、ガラスの先を通して見せていた。



――まるで宝石の様だ。



あの時子供心ながらに感じた、密かな感動が目の前で鮮烈に蘇ったかのようだった。







未来の蒼








ごぼっ、と口から肺へと侵入してくる水が余計に息苦しさを起こし、意識が深く沈んでいく様に薄れていくのを、ただどうしようもなくそのまま身を任せて。
胸に染み込んでくる絶望感といったらなかった。もうすぐ死が近付いてくるんだという実感。体は動かない。相当なダメージが蓄積しているのだろう。
ああ、こんな所で死ぬんだろうか、あっけない人生だったな、などと柄にもない事を考えた。僅かに地上に残してきた仲間達の事が頭を掠めたが、それも不思議と忘れかけていく様だった。
普通はこんな所で死んで堪るものかと、必死に地上へ向かって泳ごうとするのだろうが、生憎とそんな気力もなくて。…元々あまり泳げる方でもなかったが。

それでもまだ、未練を残してきたかの様に、ゆらゆらと揺らめく日の光が差し込む地上へと、目を向けている。その目は開かれたまま。それもやがて叶わなくなり、もう目を瞑るだろう、というまさにその時だった。


自分の方へ真っ直ぐに飛び込んできた蒼いもの。蒼い、人。途端に泡が大量に彼を包み込んだから、相当勢いを付けて飛び込んできたのだと思った。おそらくはジャンプをして。
彼の遠くに揺らめく長い髪が、水に呑まれて一揆に散らばる。それはやがて泡と溶け合うかの様に煌めき、美しかった。

―セシル。

目の前に近付いてくる彼の唇がそう呟いた様な気がして、自分の意識を叩き起こして思わず腕を伸ばす。伸ばした腕はすぐに彼に掴まれ、体を引き寄せられて、そのまま体が持ち上げられる。
その時、微かに昔の記憶が思い出された。上昇する体に、近付く地上。日の差す世界。まるで魔法の様に眩い光に包まれて、もう一度目を閉じそうになる。
それと同時に、日に眩しい程照らされた、彼の深い紺青の鎧がまるで氷の様に透けて見えたのだ。彼の白い肌がより見え、揺らめく金髪が光と同化する。そこにはさまざまな光の色が見えた。それは植物にない緑。黒を纏う様な深い深い紫。
例えるならエメラルドやアメジストの様な。そして何よりも深く澄んだサファイア――それはほんの一瞬の事で、気がつけば自分は意識を手放していた。





「……」

「…目が覚めたか」

「カイン…僕ね、思い出した」

「何を」

「何処までも透き通った、水晶みたいな氷のことを」







――まるでそれは、あの時の君みたいに。




















                                                                           2011,8,12



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