とろりと溶けるは何の心







「お邪魔しまーす」


日本の家の玄関に響いた声。それは久しく聞いていなかった愛しい人の声。
しかし、すぐに動くことが出来なかった日本は、どうぞと大きな声で返した。

「日本君、久しぶりー。…あれ?」
「お久しぶりですロシアさん。元気にしてらっしゃいましたか?」
ロシアはうんと頷きながら、興味津々といった感じで日本の方へと寄ってきた。



「何してるの?それ」
「これはですね、梅酒、というものを作っているのです」
「梅酒?お酒なの?」
「そうですよ。梅の甘酸っぱさが染みる、日本のお酒なのです」
お酒好きの彼には魅力的な響きだったようだ。菫色の目がきらきらと輝いている。そのまま日本の手元の壺を覗き込んだ。
その中にひたひたに注がれているお酒とはまた違った、ロシアのウォッカのような香りが日本を擽る。

「ねぇ、それいつ出来るの?」
そわそわとするロシアだが、これはじっくり浸けてこそ味が深まるものだ。
「残念かもしれませんが、今から浸けるので数ヶ月は掛かります。…早くても、半年は必要かと」
「ええ!?そんなに…?」
なんだあ、と少しがっかりしたように青い梅を浸け込んだ壺を覗くロシア。その様子はお預けをくらった子犬のようで、日本は思わずくすりと笑った。

「梅酒、ってことはさ、この液体もお酒なの?」
「そうですよ。良いところに目を付けましたね。これはホワイトリカーといって…ってああ!」
日本が目の前でホワイトリカーに直接口を付けるロシアを止める暇もなく、あっという間にロシアはその酒に口を付けていた。
「うーん…まあまあ。アルコールにしては弱い…かな?」
ぺろ、と赤い舌を覗かせるロシアは、どこか扇情的だ。

「そうですか…私としては、それなりに強い酒だと思うのですが…」
そこは流石アル中大国といったところか(失礼。
「これにこの…梅?って実の味が染み込むってことなの?」
「そうです。さすが察しがいいですね」
「へへー」
にんまりと微笑むロシアは実に可愛らしく、日本も頬を思わず緩めた。
「そうだ。貴方今、ウォッカ持ってらっしゃいますか?」
「え?うん…飲みかけだけど?」
「それなら尚よろしい。…少し頂いても?」
ロシアはきょとんとしながら日本にその瓶を差し出す。
「これも少し、入れてみましょう」
「僕んちのお酒も?」
「ええ。貴方と私の家の、梅酒です」
その言葉に、ロシアはぱあっと顔を輝かせた。
「嬉しいな。君と僕の。僕たちの梅酒だね!」
そんな些細なことで幸せそうに微笑むロシアが、本当に愛おしいのだと、日本は改めて感じた。



「さて。一通り仕込みは終わりましたし。…今日はゆっくりしていけるのでしょう?」
日本がそう問えば、ロシアは嬉しそうにうんと頷いた。
「実は貴方が来た時の為に、とっておきの日本酒を用意しておいたんですよ」
「ええっ、本当に?」
ロシアも日本につられて勢いよく立ち上がる。
日本は両腕に抱えた梅酒の壺を棚に仕舞い込み、そのとっておきの日本酒を変わりに引き出した。
「本当ですとも。以前貴方が、」とろみのある日本酒をいたく気に入ってらっしゃったようでしたので」
二人分のお猪口を取り出し、卓袱台の上に並べればロシアは待ち遠しいようにそわそわと席についた。


「日本君って、本当に気がきくよねー」
「それは勿論。何より貴方のことですからね」
「もう…嬉しいけど」
今度はもじもじ。本当に反応がいちいち可愛らしい。日本は緩む頬を抑えながら、ロシアに一杯酒を注いだ。











「んー…日本、くん…」
「ここで眠らないで下さい、すぐに布団を敷きますから」
既に卓袱台に用意した、とっておきの日本酒は底をついていた。
「僕…日本君と一緒に、寝たい……よ」
その言葉に、思わず日本は目を見開く。

「一緒に…なんてそんなことをして、私がそのまま大人しく、貴方を寝かせてあげられると?」
「いいよぉ……日本君、なら……むにゃ」
頬や首筋を桃色に染め上げ、むずむずとぐずるロシアに、日本はごくりと唾を飲み込む。これなんて据え膳、なんて言葉も呑み込んで。
きっと明日はまた帰国して仕事なのだろう。こうして無理をして会いに来てくれただけでも、喜ぶべきだった。


すっかり体重を日本に預けてうとうとするロシアを、何とか布団に引き込み、二人で広い布団に納まる。
向き合う形で横になってから、ようやくロシアは再び口を開いた。

「ねぇ……また、梅酒が出来る頃になったら…君の家に来ても、いい?」
「勿論ですとも。是非いらっしゃってください。その時は…またこうして一緒に飲みましょう?」
「うん……約束だよ……」
ロシアはふにゃりと頬笑み、日本の頬に手を伸ばした。眠いのか、珍しく彼の手は熱を持っていた。


「それはそうと、ロシアさん」
「…なあに…」
「私、そろそろ…限界なのですが」
「…なにが?」
もぞもぞとし出す日本を、不思議そうに見つめるロシア。それは無意識なのか、故意なのか。
そんなことは、もはや日本にはどうでもよくなっていた。

「ねぇ、日本君……顔赤いよ…んむッ」


「ああもう、黙って下さい」





それからは、真っ暗になった部屋で―――。

















End End

梅酒と北国の恋人さん
まともな日露を書いたのは初めてな気がする。
2013,8,22






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