――約束だよ、どうか、僕が大きくなったら―――――。






















タタールの願い







雪の降るあの日、僕はあの子に恋をした。



「…へぇー…何だかロマンチックな話ですね」
「初恋なんですか?」
話を聞いていたエストニアとラトビアは興味津々で聞いてくる。
「うん…そう、だね。あの時は、俺が夢でも見たのかなって思ったから」

あの雪の降る日、リトアニアは犬と一緒に散歩に出ていたのだった。
そして、橋の先へ向かう途中で、雪山を背に佇む綺麗な少年が、居た。
彼は雪のように白い髪と肌を持ち、紫水晶のような瞳が輝いていて、此方を見るなりにこりと微笑んだ。
それはさながら天使が舞い降りたようだとリトアニアは思ったのだ。

「でも、その容姿だと…思い当たる人が一人しかいませんよね」
ラトビアは的確な一言を告げる。
「ああ…ロシアさん?それは違うと思うよ。だってあんなに可愛くて、綺麗だったんだもの」
「だったら誰なんでしょう?」
「俺の記憶の容姿だと、恐らくフィンランドさんかと思うんですよね」
「じゃあ、今も彼のことを?」
「うーん、それはないかな。確かに可愛い人だとは思うけど」
「ねぇ、君たち。面白い話してるね?」
「ロシアさん!?あ、いや、その、あはははは」
リトアニアは咄嗟に笑って誤魔化す。ロシアはくすりと笑って、これ、仕事の書類ね、と差し出して去っていった。
「ロシアさんは……いやいや、ないない」
さらりと揺れるプラチナブロンドに、アメジストのような瞳は、本当にそっくりなのだけれど。



書類の確認が終わり、再びロシアの元へ渡すために部屋をノックすると、扉は既に開いていた。
「ロシアさん?入りますよ」
返事はない。もしかして入れ違いだったのかな、と思うも、ロシアははたしてそこに居た。
しかし、椅子に凭れ掛かって転寝をしていた。
「……」
窓からの眩しい光が、彼の髪を眩く照らし出している。
「…ロシア、さん」
「………リト、アニア…?」
アメジストに似た瞳がすうっと開かれ、そこに一気に光りが集まり美しい色を放った。
その神秘的な光景に、思わずリトアニアはごくりと唾をのみ込んだ。
「ああ…ちょっと寝ちゃってたみたい。ええと、用事は?」
むくりと体を起こし、ロシアはリトアニアを見つめた。その視線に少しどきりとする。
「あ、はい……これ、確認が終わりましたので」
「分かったよ、ありがとう」
その場でロシアは彼から書類を受け取り、すっと目を流していく。

普段はあまり気にしなかったが、こうして見ると、ロシアはとても綺麗な容姿をしているとリトアニアは改めて思う。
全体的に白くて色素が薄いように見えるのだが、瞳が鮮やかな紫色をしているので、酷く印象的だ。
書類を見つめる彼の頬はほんのりと桜色に見えたし、睫毛がすらりと長くて綺麗だった。
「………」
「…リトアニア、なに?僕の顔になにかついてる?」
「えっ?あ、いやそういうわけでは…」
「そんなに見つめられると、照れるよ…」
「あっ、ハイ!ですよねっ、じゃあ俺はこれで!」
(な、なんだ!?俺…心臓がっ、ドキドキして…ていうか、なんでロシアさん…!)
桜色の頬を少し赤らめて、目を伏せた彼。その仕草と表情に動揺を隠しきれなかったリトアニアは、勢いで部屋を飛び出した。














その夜、リトアニアは夢を見ていた。


あの日――あの子に、初めて出会ったあの日のことを。


「君は…」
「ね、いつか…いつか僕がもっと、もっと…大きな国になったら」
その顔が、優しくふわりと微笑む。
「そしたらね、君とおともだちになるんだ……ねぇ、約束だよ……!」
「あ…待って…!」
約束だからね、と口がそう動いて、その子はふわふわと遠ざかっていく。
雪の降りしきる、銀世界へ、たった一人で、長いマフラーを翻して―――




もしかしたら、あの子は、もう既に支配されて消えてしまったのかもしれない。
フィンランドとは違った、あの子。確信はなかったが、どこかが違う気がした。
もう一度、会うことができたのならば。その時は、約束を果たそうと。俺と、友達になってほしいと。
そう言うつもりでいたのだ。あの子が微笑んだあの瞬間が、胸に焼き付いたあの日から。
けれど、その子は未だに俺の前には現れることがなく。
会えない理由があるのか、もう会えないだけなのか。それさえ分からずに、リトアニアはあの子を思い出していた。




「…っていう、話を聞いたんです。リトアニアから」
「へぇ。…いいね、昔の夢みたいな、お話…」
ロシアはふふっと微笑んだ。どこか慈しむような表情であったことを、二人は気付いていない。
「やっぱり、ロシアさんじゃないんですか?」
「…リトアニアが違うっていうなら、そうなんじゃないかな」
そして、彼が僅かに悲しそうに眼を伏せていたことも。


(ねぇ、リトアニア。君の心の中に居るのは、僕ではないのなら。誰が居るの―――?)
リトアニアがそれを願うのならば、ロシアはそれが自分であると、自分であったと、告げるのは止めようと思ったのだ。
(けれどね、リトアニア。僕は、覚えてるよ。あの日、君に初めて出会った時のことを)
僕は確かに友達になろうと言った。けれど、今それはどうだろうか?
本当の友達と、呼べる仲だろうか?答えは、否である。
(僕は、今でも君と――友達に、なりたいって。そう思ってるんだよ、リトアニア)
たとえ、この思いが、願いが、伝わることがなくとも。
あの日の記憶は、ロシアにとっても大切な思い出だったのだ。
あの時身に着けていたマフラーは、まだ箪笥の中にしまわれている。
そっと引き出しては、過去の思い出に思いを巡らせて。古くなってところどころ解けたそれは、確かにあの日の願いを込めたものだった。
「………僕は、おぼえてるよ……」
君が驚いていた表情も、どこか憐みの表情を向けてくれたことも。
犬に吠えられたことも。滅多に吠えないんだと言っていた。とても可愛らしい犬だった。




(…どうして)
記憶が確かであれば、あのマフラーは。
ロシアがそっと手にしている、あの古びたマフラーは。
(あの子が……身に、着けていた…)
そんな筈はない。だって、あの子は。
優しく微笑んで、友達になりたいと願ったあの子は。

(貴方、だったって言うんですか……?)

ならば、何故。
何故、もう一度あの日のことを言ってくれなかったのか?
もしかして、既に昔のことだから忘れてしまっているというのか――


それに。
もう、遅すぎたのだ。
全てが、遅かった。


(既に貴方は支配者となり、俺は支配される側の者になってしまった)
今更、対等に友達になりたいと願うのが無理な話なのだ。

(ああ、神様はなんて残酷だ…)
俺の願いは、たった一つの願いは、もう叶うことがない。















End

あの時のろたまはすごく不思議な存在、という感じが強かった。
それに対してリトは畏怖や一目惚れの感情に包まれていたのではないかなーなんて。
ちょっと続くかも。
2013,8,21






戻る