咲くことのない青薔薇













昔から、弟のように可愛がってきた奴だった。
「フランス君、フランス君」
そう言って後からついてくるあの子を、いつからか別の意味で愛おしく感じるようになった。
けれども、時の流れが俺達を引き裂き、争いを起こしては、また不思議にもくっついてを繰り返した。
その末に、俺達はやがて連合国として手を組むようになる。


その時には、既に人を見下し従える指導者として育っていて、愛らしい弟のような姿は遠くなっていた。
愛を知らぬ子供。誰かが、そう言った。
愛を捨て、非情な仕打ちを繰り返し恐怖を植えつけ従える―――大きな子供。
なんて悲しい子なんだろう。俺はそう感じた。
冷たさを湛えた紫の瞳は、無機質の宝石のように、感情の無い色をしていた。
それは、以前のきらきらと輝きを放っていたあの瞳とは遠くかけ離れたもので。

いつの頃からか、俺の胸の内で静かに育っていた植物。
その姿を、俺はまだ形として留めていない頃。

「仲良くなれない子はいらないよ。ねぇ、フランス君もそう思うでしょう?」
優しく微笑んだその顔は、何もかもを捨てた後の彼の姿だった。
笑いながら、全てを叩きのめす。






孤独。
それだけを抱いて、大きく成長した国―――ロシア。
そのロシアとフランスは同盟を組んだ。
ロシアは初めから最後まで笑顔だった。「フランス君とまた一緒に組めるんだね」とにこにこしているロシアは、あまり依然と変わらない。
実際はそのように見えるだけで、どこまでが本音かは分からなかった。
飛び込んでくる味方を大きく広げた腕で優しく包み込み、自分に敵対するものを絶対零度の刃で突き刺していく。
けれども、その顔に張り付いた笑顔だけは、変わることがない。


何なのだろう、この胸に抱かれて育つものは。
静かに水のような悲しみを吸い上げて、じわりじわりと育つもの、それは。




何十年後、ソビエトであったロシアは遂に崩壊を始め、一緒に過ごしてきた国々の独立を認めていった。
「皆、居なくなっていくんだ。姉さんも、リトアニアも、エストニアも」
僕のしてきたことって、一体何だったんだろうね?もう、分からないよ。
それは、何もかもを捨ててきた国が、他の国から捨てられるような、そんな悪夢の世界だった。

それは、誰のせい?
俺が、あの時あいつの手を離してしまったから?
俺のせい?だとしたら、あの時手を離さなければよかった?
答えは、分からなかった。

誰も居なくなった自分の世界を、傷口を抉るように弄って。
飽きたら眠って、また起き上ると自分を抉る。
その繰り返し。


伸ばされた手を、握り返すことをしないまま。
胸に吐き出されずに溜まった血だまりを吸い上げて、何かが育つ。




「もう嫌だよ、だって、何度手にしても…全部落っこちちゃう」
悲しそうに言われたその言葉は、ただただ悲しみに満ちていた。
差し出される手を払いのけ、意地悪にもひねりつぶして。
愛してほしいのに、愛されない子供。
「だったら初めから。初めから、何もなければいいんだよね?」
そうじゃない。そうじゃないんだロシア。
お前は愛されてるよ、俺がここに居るよ。
「僕には何もいらないんだ。何もなくたって、僕は生きていけるから」
そうじゃないよ、お前にはお兄さんがついているんだよ。
「君もどうせ、最後には僕を捨てるんでしょう?」
捨てる?馬鹿なことを言うなよ。お兄さんがどれだけお前を愛してきたと思ってるの。
「でも僕、君に何も返せない…」
こんなに大きいのに。大きいだけで、愛することも、大切にしてあげることも、これっぽっちもできない。
僕は、君に何もしてやれないんだ。
「何もしなくていい。ただ、愛されてくれれば、それで」
「いいの?それだけで?」
信じられないような視線を向けてくるロシア。
可愛そうに、誰かを信じることも忘れてしまった哀れな子。
どうしてこの子を放っておくことができようか!



吸い上げられた血は鬱血していくかのように青みを増し、上へ上へと吸い上げられる。
やがて頂上に辿り着き、それから―――




「フランス君。ねぇ、フランス君」
大切なものを手にする子供のように、それを必死に壊すまいと震える子供のように、俺の名前を呼ぶ。
その呼びかけに答える俺の声は、愛しいロシアの名前を呼ぶ。
「なんだい?ロシア」
「あのね。大好きだよ、フランス君」
ああ。
お前はそのたどたどしい感情と言葉で、精一杯の愛を叫ぶのだ。
切なさに満ちた胸が、何かを締め付ける。お前の胸か?心か?
それは。








「フランス君。君のそのお花、とっても綺麗だね」
何ていうの?と。



胸には、一本の青い薔薇。











End

2013,8,21






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