いつのまにか
ある日の事、ボーレがオスカーの部屋に入ってきて言った言葉は、あまりに唐突だった。
「兄貴―――!!」
「………ボーレ?」
「手合わせしないか、兄貴!」
「………え?」
オスカーはその途端、ごしごしと目を擦った。
まさかとは思ったが、目の前に居るのが何処かの“誰か”ではないかと思ったのだ。
しかし、擦ってもやはり目の前に現れたのは、弟であるボーレだった。
「なぁ、こんな良い天気の日に、やらなきゃ損だって!」
「……お前からそう言ってきたのは、初めてじゃなかったか?」
そうなのだ。
ボーレはいつも、大抵は自主練かアイクと手合わせをしている。
自分の兄の強さを分かっているからなのか、ボーレは兄、オスカーに手合わせを頼む事はこれまで無かった。
それは、兄の強さを知っていてなのか、それとも―――……。
「兄貴は、今日は暇だろ?」
「まぁね」
「だったら、やろうぜ」
「………まぁ、たまにはいいか」
「おっしゃあ! 負けねぇからなっ」
そう言って、ボーレは先に外で待ってる、とだけ言って部屋を出て行った。
オスカーも、久しぶりに自分の槍を持ち出してくる。
久しぶりに握ったそれは、冷たくて、しっとりと掌に馴染んだ。
「……よし、行くか」
******
外に出ると、すぐに高く上がった日が照りつけてきて、思わず目が眩んだ。
「早く――、兄貴!」
「分かってるって」
オスカーは弟のせっかちさに苦笑しながらも、ボーレの前に立った。
……丁度良く、風も吹いてきている。
この日は、訓練するには最適の日だと、オスカーは思っていた。
―――上手く、本気を出せるといいんだが……
それが幸いだったのか、そんな小さな不安はすぐに消え去った。
「じゃあ……行くぜっ!!」
ボーレが、地を蹴って、思い切り此方へ飛び込んでくる。
なんて危ない攻撃の仕方だ、と思いながらも咄嗟に避けなければまともに一撃を受けてしまう。
そのくらいの事は、ボーレも分かっていた様で、オスカーが避けるとすぐにボーレは真横に斧を振るった。
「…………っ」
ガァン、と武器の柄と柄とがぶつかる音が響く。
すぐに、槍を握り締めていた掌には、汗が滲み出した。
額にも、次第に汗が浮き出てくるのが分かった。
「はっ!」
ビシュン―――
ガンッ!
オスカーの鋭い槍の攻撃を、見事にボーレは斧の斧頭でその穂先を受け止める。
そして、上手く槍を上げ、開いた下半身に向けて攻撃してきた。
その前に、気配を感じて素早く後ろに下がる。
ボーレの力任せの斧による攻撃は接近戦向き。
オスカーの素早い槍の槍術では遠距離戦向き。
離れてから、オスカーは更に攻撃を加え、ボーレが突っ込んでくるのを止めた。
びりびりっ、と掌に伝わる振動。
…こんなに、力が強く―――
何時の間に………これ程までに、力をつけていたんだろう……
そう感慨に浸ってしまったのが、一瞬の隙になった。
バキッ。
「………!」
咄嗟に真正面から受けた攻撃を槍で防ごうとするも、ボーレの重い攻撃に、細い槍の柄は耐え切れなかった。
柄のど真ん中が折れると共に、ボーレの笑みをもった顔を見る。
「これで………!」
ボーレの腕が、斧を大きく振り被る。
「――っ」
咄嗟に、オスカーは片手でその折れた槍の穂先を突き出した。
目の先には、大きな木がざぁっ、と映った。
―――――ドッ。
「…………っ」
「はぁ……はっ……」
ひゅっ、と空気が体から出ていく感覚が、後に残る。
ボーレの首擦れ擦れに、深々と突き刺さった、槍の穂先。
そして、木からそれを抜き取る。
ズッ、と抜き取った途端、ボーレはその場に力なく崩れ落ちた。
「…ボーレ?」
「……負けたよ、やっぱり兄貴は…強いな」
「何を言うんだ、ボーレだって…槍を折るとは思わなかった」
「でも……いつかは追い越してみせるからな!」
ボーレは、精一杯笑い、よっ、と立ち上がった。
思わずオスカーも、その笑顔に笑い返す。
……いつか、この弟に追い越される日が来るのかもしれない……そう、思いながら。
「………オスカー兄さん、ボーレ――!!」
「ヨファ?」
「おいコラっ、俺の事も兄って呼べよ!」
此方に手を勢いよく振り、駆けてきたのは三男のヨファ。
手には、何かを持っている。
「…どうしたんだ、それは?」
「えへへ、ミストちゃんが持たせてくれたんだよ、三人で食べてって!」
そう答えて広げたのは、バスケット一杯に詰め込まれたサンドイッチ。
色とりどりでおいしそうだ、三人で食べるには少し多い気がしたが。
「おいしそうだな、いただきまーすっ!」
ボーレは、早速手を伸ばしてその一つに被り付いた。
「あっ、手を洗ってから食べなさい!行儀が悪いぞ、ボーレ」
「はいはい…」
「僕はもう洗ってきたもんねー」
「んだとっ、生意気言いやがって!」
「生意気じゃないもん、生意気なのはボーレでしょ!!」
「こらこら、二人共!」
青空の下、三人の明るい声はいつまでも木霊していた……。
(この一秒を、この一歩を、自分達は未来へと進んでいく、その先の確かな成長へと)
End
以前相互記念にとリクして頂いた三兄弟の話をお捧げ致しました〜。
やっぱりこの三兄弟はほのぼのとしているのがいいですよね!
喧嘩もしつつ………(笑 2010、3、13
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