一粒の角砂糖




朝から目が覚めれば、とても心地よい紅茶の香りがした。
「……ん」
「起きた?お早う」
目覚めてから間もなく、鮮やかな緑色が視界に入ってくる。これはもう慣れたもので。慣れたエメラルドグリーン色でも、相変わらず目に眩しい。
「ポッド、今日はコーンも僕も暫く出かけてくるから。朝ご飯は用意しておいたからね」
「……おう」
そういやそうだったっけ、などとまだぼんやりする頭を抱えながら、ぼさついた髪を掻き毟る。 自分は燃える様な赤い髪で、纏めるのが面倒なのか何なのか好き放題に跳ねている。
生真面目なコーンからすればもう少し綺麗に纏めろとか何とか煩いが。
「とりあえず流しの皿洗いとか、クロスの洗濯とか頼むね」
デントはとっくに起きていてそろそろ出かけてしまうらしい。コーンは早くにもう出てしまっていたようだった。
「オァップ!」
「…おう、バオップ。今日は暫くお留守番だってさ」
「オップ」
バオップは溜まっていた汚れた皿を既に洗い始め、それをポッドにも促してくる。
ポッドは欠伸をしながら身支度を整え、厨房に入る。卓上にはデントが用意してくれたらしい香りの良いハーブティーとハチミツトーストが置かれていた。
ポッドはそれらを早々とお腹に入れてしまい、そのお皿も流しで皿洗いしているバオップに手渡す。バオップはお皿を次々に器用に洗い流し、それを積み重ねていた。
「じゃあお前は洗って、俺が拭いて棚に戻していくか」
「オプゥ」
手早く仕事をこなし、流しは次第に綺麗になる。ついでに少し汚れていた周辺も綺麗に拭き取った。
そのお陰でシンクは綺麗な輝きを再び見せる。普段から手入れがよく行き届いているという賜物だ。

ふと、カレンダーを見やれば今日の日付は何故か丸が赤いペンか何かで付けられていた。普段カレンダーに赤丸など付けられている事はほとんどなく、余程重要な日くらいしかないものだった。
「…今日って何かあったっけ?」
「オップ?」
バオップは器用に皿を洗い終えると流しの蛇口をきゅっと絞り、ポッドの元へ駆け寄る。
今日はデントもコーンも居らず、勿論そうなればヤナップもヒヤップも居ない。
今日は休日であるという事しかポッドには心辺りがなく、とりあえず店内の掃除、テーブルクロスの洗濯、庭の埃払い、塵出しなど、なかなか休日でないと出来ない事を片付けた。
「おっし、後は二人の帰りを待つだけだな」
ポッドはバオップを撫でてやりながら、ぼんやりと机に突っ伏して時計の秒針を眺めていた。
時計はお昼の12時を差し、窓からはぽかぽかと温かい日の光が差し込んできていて。普段からコーンの手入れが行き届いた花達は鮮やかな色の花弁を開かせて、日光を甘んじて受け止めている。
「…お昼かぁ」
いつもならデントが作ってくれていて、ポッドもコーンもそれを食べていた。別に自分で作れないという訳じゃない。
ただ何だか寂しさを覚えて動く気になれなかった。気の所為か寒い感覚がある。別にストーブなどを付けるほどでもないけれど。クロスを敷いていない机は妙に固く感じた。
店内にも人は誰一人としておらず、がらんとした部屋に一人、と一匹、でいた。電気を付ける時間帯でもないのに、一瞬暗いから付けてしまおうか、と考えたが止めた。

(……何だ、ろう)

チチ、チッと窓の外で鳴く鳥の声が、酷く、遠い。


(……ああ、寂しいのかな、)


びんやりと見慣れた景色を見つめ、意識はふわふわと沈んでいく。いつの間にか、撫でていたバオップの姿も消えていて。
今日は何の日だったっけか、という事すら思い起こせなくて、ゆるゆるとポッドは意識を飛ばした。









ぴと。

「………ぅ、」
「オプッ」
「…? バオップ…?」
顔に何か柔らかいものが当てられ、気が付いて意識を取り戻すと、いつのまにか此方に背を向けているデントの姿があった。もう少しで涎が垂れそうだった。
「…ポッド、お昼は?」
「……あ、食べるの忘れてた」
一度気にしてしまうとすぐに空っぽのお腹は空いているという感覚を呼び起こしてしまった。
「君の事だから、作っていけばよかったね」
はい、と甘い香りのパンケーキとミルクティーを差し出された。ちょこんとのせられた砂糖菓子が可愛い。
「…コーンは?」
「もう少ししたら帰ってくると思うよ。先にお茶でもしてよう。…もう三時だし、ね」
デントはちらりと時計を見る。その針は確かにもう三時を差していた。
「ああ……そっか」
ぼんやりと差し出されたパンケーキを口に運ぶ。ほんわりと甘い味が口の中に広がり、すっかり空になったお腹を優しく撫でた。
「なぁ、」
「何?」
ポッドはパンケーキを口に運びながらカレンダーの事を思い出した。
「あのさ…今日って、何かあったっけ?」
「へ?」
デントは暫くぽかんとしていたが、やがて
「ああ、それでコーンは少し出かけてるんだよ」
と笑って言った。その口元は何処か意味ありげに微笑んでいる。
「何笑ってんだよ」
「うん?いいや、ポッドを見てると面白いなぁってね」
「何が…」
「あはは、気にしないで」
「オプゥ」
「何だよ……」
パンケーキを食べ終えると、間もなくドアを開ける音がした。更にどさりと何かを下ろした様な音がする。
「あっ、コーンだ。おかえりー」
「只今帰りました。…ポッド、塵出ししてくれたんですね、助かりました」
「…おう」
コーンは何かいろいろと買ってきたらしく、荷物を幾つも持ち込んでは出たり入ったりを繰り返していた。
「こんなに、材料買い出し…にしちゃあ多くねぇ?」
「これは材料だけじゃないよ、ポッド」
「? じゃあ…」
「今日が何の日か忘れたのかい?」
「やっぱり今日は特別な日だったのか」
「だって僕らの誕生日でしょ?」
三つ子なのだから、勿論誕生日も同じ。その事をすっかりと忘れていた。
「……あ」
コーンとデントは思わず顔を見合わせてふふっと笑った。うっかりしてたと言わんばかりのポッドの表情。
恐らく自分では気付いていないのだろうが、とても目が見開いていて滑稽な表情なのである。バオップも驚いた様子を見せていた。
ヤナップとヒヤップはおろおろしているバオップをからかっている様だった。それはコーンとデント、ポッドと似た様なもので。
「今夜は御馳走だからね」
「ポッドも早く手伝って下さいよ」
「うるせー…分かってるよ」
ポッドは密かに、やっぱり三人が一番だと、感じるのだった。







End


初書きデコポでした...!やっぱりほのぼのしてる三兄弟が好きで堪らないです.
ポッドは何となく寂しがり屋だったらかわいいなぁという妄想← 2010,12,31



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