夏だからこそ咲く花







事前に連絡をせずに彼の家へ行くことは、初めてではなかった。
彼の地にしては短い、一夏である。
いつもは広く白い世界である場所が、珍しく若々しい緑に包まれている。
きっと、彼はやはりいつものように、この時期には必要のないマフラーを巻いているに違いない。


「ロシア!」
ベルを鳴らすこともせず、アメリカはずかずかとロシアの家に入り込んだ。
相変わらず人気のない家である。
テーブルには飲みかけのカップと、何かを用意しようとして放っておかれた皿がそのままにされていた。
リビングには、彼は居なかったらしい。
「ロシア?」
彼の自室を除く。ここにも居ない。
物音もなく、とすれば外に居るのだろうか。

窓の外を見た。
それでああ、とアメリカは合点がいく。
そうだった。この時期は。
急いで部屋を飛び出し、外へと向かう。

「ロシア!」
「……アメリカ君?」
けだるげに呼ばれたその声は、やはり彼だ。
「家に居なかったから。それでこの時期だってことを思い出してね」
「ふぅん」
彼はいつものコートではなく、薄手の服を着ていたが、その首にはやはりマフラーが巻かれていた。
その下に見える白い肌には、一筋の汗。
「暑いならマフラーとったらどうだい」
「これは僕の身体の一部なの」
その一言でやんわりと断り、隣に座ったアメリカにぽてりと寄りかかる。
「なんだい君、ずいぶん熱いじゃないか」
「そうかもね。…向日葵をずっと見ていたから」
ロシアは寒さには慣れっこだが、暑さにはその分弱い。その割にマフラーはとろうとしないのだから、何だか矛盾している。
「せめて日陰に居ればよかったのに」
「ここ、日陰がないじゃない」
向日葵が見えなくちゃ、外に居る意味がないでしょうと言う。それはそうかもしれない。が。
「君が倒れたら誰が君を助けるんだい」
「……知らないよ」
「もっと君は自分を大切にするべきだよ」
暑そうな額の髪を抑え、汗を手のひらで拭ってやった。ロシアは大人しくそれを享受している。

ロシアは前からそうだ。
自分の身を顧みない。
それは国である俺達にとって、ないとは言えない。それだけ、常人とは比べものにならないほど頑丈だからだ。
だが、国が危機に陥れば風邪や熱は起こすし、酷く気だるくなったりもする。
国の気候によっては、暑さに強い国もいれば寒さに強い国もいる。
アメリカはその中間にいた。だから暑さにも寒さにも、さほど抵抗は感じないのだ。
人並みに寒さも暑さも感じる。

「ロシア。一旦家に入ろう」
「なんで」
「少し休んだらどうだい。このままだと本当に倒れるよ、君」
「いいよ別に」
ロシアはあっさりと断る。だが、依然としてアメリカに寄りかかったままでいるのは釈然としなかった。
どうして彼がここまで向日葵に拘るのかも。
「……君ってやつは」
はぁ、とため息が零れる。氷を持ってきてあげたくても、ロシアが横に凭れ掛かっているので動くに動けない。
結局、日が完全に落ちるまでその場所でじっとしていた。



日が暮れると、ロシアはゆっくりと立ち上がる。
「ようやく戻る気になったのかい、」
「…お腹が空いたな」
「そりゃそうさ!君ずっと朝から居たんだろう?」
食事も忘れて、日中ずっと外でこうしていた彼に、呆れを通り越して関心すらしてしまった。
「君、食事はちゃんと摂ってるのかい?」
「え?まあ…時々」
「Oh!全く信じられないな!ちゃんと食べるべきだぞ」
「君みたいに大食いじゃないの。…それに何日か食べなくたって」
ウォトカがあるもん、と瓶を取り出す。良く冷えたそれは、ロシアの火照った体を冷やした。
「で、どうするんだい?夕食にできそうなものが何一つ、無いんだぞ」
「あー…」
ロシアはさして気にするでもなく、瓶の酒を煽った。
「仕方ないな。俺が何か買ってきてあげるんだぞ」
「いいよ、別に」
食べる物が無くとも、酒はいつでも常備されているのだから全く呆れる。
アメリカは近くの店を思い出し、早足で店を目指した。最近では夜遅くまで開いている店も増えたので助かることは助かる。
簡単に食べられそうなものを適当に買い、すぐに店を出た。
冬や秋のように恐ろしく寒いわけではないか、どこか涼しい。夜風のせいだろうか。




「ただいま」
「…なに、本当に買ってきたの?」
「決まってるだろう!何も無いんだから」
ロシアはさして興味もなさそうに、額に酒の瓶を付けている。
瓶は既に数本床に転がっている。大して時間も経っていないのに、一体どれくらいのスピードで飲んだのか。
アメリカは簡単に缶のスープを温め、パンを切り分けた。
「ほら、食べなよ」
「…お礼は言わないからね」
「いいさ別に」
ロシアは黙々と差し出されたそれを食べた。そして落ち着いてから、
「ところで君、なんで家へ来たの?」
「今それを聞くのかい…」
君に会いに来たんだよ、と言うとああそう、とロシアは答えた。
ありがとうでも、うれしくないとも、何も反応を示さないロシアにアメリカはやきもきした。

「何か言ったらどうなんだい」
「暇だね君も」
「………」

仕事が一通り終わって、一息をついて。
そうしたら、ふとロシアに会いたくなったのだ。
それで、上司に外出の旨を伝えてここまで飛んできた。
それから、ロシアは夏だということに気づいたのである。
(暇…か。そうかもしれない)
「ロシア」
「………なに」
ロシアはどこか眠たそうに、目をぼんやりとさせている。
「キスしていいかい」
「……」
返事はない。
拒否されてはいないので、それを肯定と受け取ってアメリカはそっと彼の頬に触れた。まだほんのりと熱い。
「アメリカ君……」
ロシアの唇が自分の名を呼ぶ。心地よい声だ。
「熱い」
「………」
うっとおしそうに、呟かれた言葉は本当に愛情も色気もない言葉。
まあ、ロシアにそういうものを求める方が間違っているのかもしれないが。
ちゅ、と音を立てて唇を吸うと、強い酒の香りがした。
「…あ、つ……」
ロシアはあまり嬉しくなさそうにぼやいた。それから、アメリカはあることを思いつく。
グラスに入っていた氷を口に含んで、もう一度ロシアに口付ける。
「ん……?」
カラコロと音を立て、口内の熱で水になったそれは、互いの口元を伝って落ちた。
「これなら冷たい、だろう?」
「でも、すぐに溶けちゃう……んっ」
だったら満足するまで、とアメリカは再び氷を口に含んだ。
溶けた水が喉を濡らし、服を湿らせた。


ロシアはぼんやりと窓の外へと視線を向けていた。
「……そんなに向日葵が気になるのかい」
「……そう、だね」
穏やかでいて、どこか焦がれるような彼の視線が、自分に向けられていないことに、アメリカは少し嫉妬した。
「夜ぐらい、俺を見てくれないのかい」
「そんなサービス、ロシアにあると思う?」
「さあ?どうだろうね」

「…向日葵はね、本当に短い間しか見れないの。君にはいつでも会えるけど」
「何だいそれ、告白かい?」
「どうとっても構わないけど。ね。…だから少しでも近くに居たいって思うの」
自らを抱き締めるように言葉にする。ロシアは震えていた。
この暑さと、微かに燻る熱と。どうしようもない愛おしさに包まれて、ロシアはどうしたらいいのか分からない。
その震える体を、なおも愛おしく包み込むアメリカ。
「熱いよ……ねぇ…熱いの……」
何かを探すように、何度も何度も撫でるように包み込む腕に触れるロシア。
アメリカはそれに答えるように、繰り返し口付けて、ロシアの名を呼ぶ。

(俺達の時間は、もっとずっと長い。向日葵が一つの夏に咲いていられる時間よりもはるか、長い時を)
けれど、突然終わりがくるかもしれない。それは誰にも想像し得ないことだ。
アメリカの空のような瞳を移すアメジストの瞳が、底深い欲を孕んだ光を湛える。
「……ねぇ、アメリカ君」
答えは分かっていた。……僕を、愛して?と。その答えを。
「…ロシア」
そっと、覆いかぶさって。ああ、とだけ口にした。












「………」
日が、高く上がっている。
「…アメリカ君」
起きて、と彼の体を揺さぶる。うぅん、とくぐもった声が聞こえてくる。
「…ねぇ。また、向日葵を、見に行こう?」
「…食事を済ませてからな」
ロシアの頬にキスをして、顔を触れ合わせる。抱き締めてみて、よく分かった。
ロシアが以前よりも痩せていることを。

「ん……。くすぐったい」
ふふ、と笑う声が耳をくすぐる。
「ああ。…でも困ったな、朝食にできるものが無いよ」
「いいじゃない。昨夜の残ったパンでも。それを持っていこう」
ロシアは既に起き、服を着ている。アメリカもようやく起き上り、服をごそごそと探し出した。
「今日は良い天気だよ。ねぇアメリカ君」
アメリカを振り返るロシアは、朝日を浴びてキラキラと輝いている。
太陽を背にして、最も輝く月のように。
身支度もそこそこに、嬉々としてロシアは外へ飛び出した。
アメリカもパンを千切って口に運びながら、ロシアの後を追う。

ロシアはくるくると向日葵畑を駆け回ってはしゃいでいた。
まるで向日葵の天使のように。幸せに満ち溢れた時間だと、アメリカは感じる。
「ロシア」
「ねぇ、君は帰らなくていいの?お仕事は?」
「ちゃんと済ませてきたから平気さ」
「そう」
さも可笑しそうに、ふわりふわりと笑うロシアは酷く幼く見えた。
「ふふふ。ねぇ、アメリカ君」
すっと伸ばされた手に引き寄せられるように、アメリカは近づいていく。
「ロシア……」
伸ばされた手を受け止め、そっと向日葵畑に押し倒す。キスを施し、顔を埋めた。
太陽の匂いに包まれている。微かな酒と、あとは太陽の香り。
「温かい。ね、アメリカ君……」
まるで君の髪は向日葵みたいだね。そう呟く。アメリカが微笑んだ気がした。
暖かい熱を含んだ髪を、そっと撫でた。
(…こうしていると、たくさんの君に囲まれているみたいだね)
たくさんの黄色い太陽。
暖かい温もりが体を抱き締める。
愛おしい世界はこんなにも近くにある。
黄色い向日葵と、青い澄み渡った空。
本当に君そのものだ、と呟いた言葉は、あっという間にその中に吸い込まれていった。
















End

シリアスかな、これ…
向日葵って、詳しくは忘れましたがアメリカ方面生まれでしたよね…?
向日葵って青空と合わせたらめりかみたいで、それが好きで仕方ないろたまを考えたら激しく萌えた。
2013,8,21






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