夏溢れるある日






ジーワ、ジーワと蝉の鳴き声があちこちから響く、蒸し暑い午後。
庭の花に水を上げていると、
「あ、ひまわりだ」
と意外な声がした。

「……ロシア、さん?」
何故、彼がここに。
自然と体が強張るのを感じる。
彼はかなり前に、数回程度家に来ただけだったのだが。
よくここを覚えていたものだ。

「本当にひまわりがたくさん!すごいね、日本君の家って」
嬉しそうにマフラーをひらひらと舞わせて、彼ははしゃいでいた。
その様子に、聞きたいことも何もかも、一瞬日本の中からはすっぽりと抜けてしまった。
それほど、普段会議などで見る彼とはかけ離れていたからだ。
「ひまわりがお好きなのですか?」
「うん。僕の家じゃ本当に夏の短い間しか咲かないから…」
だからね、滅多に見れないの。
少しだけ悲しそうに伏せられた目は、日本の胸を微かにくすぐった。

恐らく仕事の都合もあるのだろう。それでも、こよなく愛する自国の季節を自分の様に感じられないまま過ごすことは、日本にとっては悲しいことだった。
「それでしたら、ここでよければ好きなだけ、季節を感じていってくださいね」
「いいの?迷惑…じゃない?」
「ええ、こんな私の家で良いのでしたら」
すんなりと歓迎の言葉が出たことに、日本は少なからず驚いていた。
普段の自分ならば、彼の姿を見ただけで露骨に嫌な顔を見せてしまっていたことだろう。
それだけ無邪気で恐ろしい大国のイメージがぬぐえなかったからだ。

だが、ひまわりを見て素直に喜んでいる彼を見て、何だか放っておけない気持ちにかられてしまったのである。
「ありがとう、嬉しいな!」
ほんわかとした笑顔を浮かべ、ひまわりを覗き込む。日本君の家のは小さめで可愛いね、と手でそっと包み込んでいる。
なんて子供のような人だろう。今までもそう思わないことはなかったが、これほどまでに純粋な彼の姿は初めて見た気がした。
気がしたわけではなく、恐らく本当に初めてだろう。

こんなに蒸し暑い季節だというのに、マフラーは巻いているのだから不思議な人である。
「けれどロシアさん、何故急に私の家へ?」
それは初めに抱いた疑問だった。

その答えに、ロシアは
「あのね、アメリカ君が、今日本君の家に行けば良いものが見られるよ、って」
それで日本君の家までの地図をくれたんだ。と地図を出して見せた。成程彼にしては至極まともな日本の地図だ。
ああ、それで私の家まで来れたのだと、もう一つの疑問も解けたが、新たに疑問が一つ浮かび上がった。
「理由は分かりました。ですが、アメリカさんに…?」
「うん」
すんなり頷く彼に、日本は不思議に思った。

何故なら、アメリカとロシアは誰もが知る仲の悪い二人だからである。
それなのに、何故ロシアが素直にアメリカの勧めに応じたのか。
しかも、わざわざアメリカはロシアに自分の家までの地図を渡している。
それに、ロシアの好きなものをアメリカが知っているというのも、不思議である。
アメリカのロシアに対する嫌味、にしては可笑しい。

「…あの、ロシアさん」
「なあに?」
「アメリカさんと、何かありました?」
「…何かって?」
「いえ、何もなければよいのですが」

ロシアは日が暮れるまで、ずっとひまわりの畑の中でくるくるとはしゃぎまわっていた。








その夜。
「…もしもし、日本ですが。アメリカさんですか?」
「ああ!そっちにロシアがお邪魔してるのかい?」
「ええ、というか貴方が彼を?」
「そうだよ。彼、喜んでただろう?」
「ええ。それはもう」
「それは良かったんだぞ」
「ええ、それはそれで良いのですが…あの、何故、ロシアさんに私の家のことを…?」
「ん?ああ、ロシアを喜ばせたくてね」
その理由が分からず、日本は曖昧な返事を返してしまった。
「はぁ……」
「あれ、日本には言ってなかったっけ?」
「何をです?」

「俺とロシアは、付き合ってるんだぞ」
「はぁ……ってええ!?」

だって貴方たち、あれほど仲が悪かったのでは。
その言葉を抑え、信じられないと息を飲む。

「言っておくけど、本当のことだからね。ああ、くれぐれもロシアには手を出さないでくれよ」
本当は俺も行きたかったんだけど、急に仕事が入ってしまってね。と彼は付け足す。
「日本なら他の奴らよりずっと信用できるからさ。ロシアを頼んだよ!」
「え、あ……」
一方的に電話を切られ、日本はそっと受話器を置いた。

いろいろと今日は驚かされてばかりである。
「あれ、日本君。誰かと電話してたの?」
「いえ、ちょっとアメリカさんに。お礼をと思いまして」
「ああ…僕も後でお礼に行かなきゃ」
「その…お二人は、付き合ってらっしゃった、のですね」
「え?ああ……うん」
すると、ロシアは顔を微かに赤く染め、頷いた。
どうやら本当のことらしい。
「彼とは?うまくいってらっしゃいますか?」
「うん…アメリカ君は、優しいよ。よく時間が空くと冬でも遊びに来てくれるし、会議の後とか、デートに誘ってくれるんだ」
それは意外。あれだけ会議でお互い嫌味と嫌味をぶつけ合っているのが常だったというのに。
「それはそれは」
自然と日本は笑みを溢す。

「アメリカ君、なんて言ってたの?」
「喜んでるなら良かった、と。あと、手を出すなと警告されましたよ」
「…もう、日本君はそんなんじゃないのにね?」
くすくすとロシアは笑った。今日は彼の全てが新鮮に、愛おしく見える。
不思議なものだ、と日本は思った。
「…でもね、彼と付き合ってから、とっても幸せな時間が増えたよ。一人じゃなくなったから」
「……アメリカさんは、そういう方ですものね」
「うん。それに、日本君ともこうして話せて。今、とっても幸せ」
ふわりと微笑まれる。その笑顔が、嫌味も冷たさも何も含んでいないピュアなものだったから、日本は暫く見惚れていた。
こんな笑顔を見せるようになったのも、きっと彼のお蔭なのだろう。
「…さぁ、おやすみなさい。明日もひまわりは咲いていますから」
「えへへ、うん。日本君お休みー」
嬉しそうに頷いて、彼は布団に潜りこんだ。



(全く…アメリカさんも、とんでもない子供をよこしてくださいましたね)
私が手を出さない、なんて確信はどこから来たのでしょうか。
私とて男ですからね。あまり信用されると付け上がってしまいますよ?


けれど、今は嬉しそうに眠る彼の寝顔が愛おしくて、そっとしてあげようと考えた。

























End

無邪気なろたまってほんと可愛いと思い ま す ...
男は皆獣なんですよ......(日本談
めりかもろたまも祖国にはかなりの信頼をおいてそう。
そしてそこにつけいる祖国(笑。 2013,8,21






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