求めるすれ違い





 




「いやだよ…痛いのは、いや……!」
「何を言ってるんだ、これもお仕置きだよ、祖国」
「だって、僕何もしてな……」
「ほう?これでも嘘を押し通すのか?」
「いやだ……っ!止めて、止めて……!」






「っ…!」
がば、と起き上ると、嫌な汗が伝った。部屋は真っ暗で、一瞬何も見えなかった。
「……夢か…」
はぁ、とロシアはため息をつく。
「あの時の夢を見るのは、久しぶりだな…」
痛くて、寂しくて。
あの夢を見てしまうと、急に人恋しくなってしまう。
しかも、こんな時に限っていつもいるベラルーシは居ない。
気を紛らわそうと酒瓶に手を伸ばす。だが、中身はとっくに空になっていて。
予備の酒も丁度切らしていたことに気づき、余計にがくりと肩を落とす。
「ほんと…タイミングも最悪」
外は相変わらずの雪。出かけて気晴らしする時間もとっくに過ぎていて、時計は8時を指していた。
「もう……寝ようかな」

そう思って立ち上がると、ふと玄関のベルが、リリ――と鳴った。


一瞬ベラルーシかと思うが、彼女はベルを鳴らさずに入ってくるので違うだろうと考える。
「……はい?」
「ロシアっ!もう限界だよ、寒すぎるんだぞ!!」
扉をそっと開けた途端、がばっと抱き締められてロシアはきょとんとなってしまった。
「……アメリカ君?」
「はぁぁ、ようやく気付いてもらえたんだぞ…」
余程寒かったのか、ロシアに抱き付いて離れない。
「ちょっと、寒いなら上がりなよ、ここじゃすぐ冷えちゃうでしょ」
「いいのかい?」
アメリカは意外そうに尋ねる。それも無理はない。ロシアがアメリカを歓迎することはなかったからだ。
「なあに、また外に出たいなら無理強いしないけど」
「いや、上がらせてもらうんだぞ」
「…もしかして、さっきから家に来てたの?」
「ああ、でも何度呼びかけても、君が扉を開けてくれる気配がなくてね」
「そう。…悪かったね」
すると、アメリカは奇妙な顔をした。
「…なに?」
「いや、今日はやけに素直だなあと思って」
「何それ。普段は素直じゃないって言いたいの?」
「そういうわけじゃないけど」


ロシアはそういえば戸棚にココアがあったな、と思い出す。
自分は滅多に飲まないのだが、その時は何故かあったのだ。
「ココアでもいる?」
「ああ、助かるよ」
アメリカも流石にこんな時間に騒ぎ立てる気はないらしく、大人しくソファに腰かけていた。
窓の外の雪は、依然として止む気配がない。

「…ところで、君、なんでこんな時間に来たの?」
「ああ、それがさ、これを渡してほしいって。上司に頼まれたんだ」
急な書類でさ、とテーブルの上に封筒を出してみせた。
「今日じゃなきゃ駄目だったの?それ」
「そうらしいよ。すぐに持っていってくれ、って言われたから」
「ふぅん」
こんな人恋しい時に、まさか彼が来るとは思ってもいないことだったが、一人でいるよりはずっとましな気がした。
「…けど、参ったなあ。君のとこ、雪が全く止む気配がないんだぞ」
「それなら、泊まっていけばいいじゃない」
「そうだね、それなら助かる……ってええ?」
ロシア君、今日は本当に熱でもあるんじゃないのかい。アメリカはそう訝しげに言った。
「ふふ、失礼なアメリカ君だねほんと」
でも、そういうことにしてあげるよ。そう呟いて笑うと、アメリカは複雑な表情をした。
「泊まっていってもいいよ。でも、一つ条件があるの」
「なんだい?」
「一緒に、寝てほしいんだ」

「…え?」
「だから、一緒に寝てほしいの。僕と」
「えっ…と、それはどういう意味でだい?」
「え?だから一緒に同じベッドで寝てほしい、ってそのままの意味だけど…」
「……そうかい」
アメリカが一瞬残念そうな顔を見せたのは気の所為だろうか。
「けど、なんで急に?」
「うーん。人恋しくなったから、かな」
「じゃあ俺じゃなくてもよかったのかい?」
「まあ、そういうことになるかな」
そう答えると、アメリカの表情が更に渋くなった。


「…だったら」
抱いて、と言ったら君は僕を抱いたの?
「それは…」
アメリカは口ごもる。
「ふふ、冗談だけどね」
「君が」
アメリカは立ち上がる。それは決して冗談染みた顔ではなく。そのことが僅かにロシアを困惑させた。
「君が俺だけにそう言うんだったら、俺はその願いを聞き入れるよ」
「………へぇ」
アメリカ君も、熱でもあるんじゃない?ロシアはくすくすと笑った。
わざわざ嫌いな相手をからかう余裕はあるんだね、と続ける。
「からかってなんかいないさ」
「じゃあ、本心だとでも言うつもりなのかな」
「ああ、そのつもりだけど」
「………酷い冗談だよ」
呆れたように、ロシアはココアを差し出した。それをアメリカは受け取り、一口飲んだ。
「そういう悪い冗談は、僕嫌いなんだけどなあ」
「じゃあ、君の言うことは冗談だって言うのかい」
「やだなあ、ほんのちょっとからかっただけじゃない」
「俺だって、そういうのは嫌なんだぞ」
「……悪かったよ。じゃあ、僕と寝てくれるの?」
「冗談で言ってるんじゃないなら、構わないさ」
「…そう」
もしかして、同情してくれてるのかな、とロシアは思った。
この際、同情でもなんでもいい。傍に誰かが居てほしかった。ただそれだけなのだ。
「じゃあ、僕の部屋はこの先だから。それ飲んだら来てね」
「ああ」




ロシアはベッドに上がり、横になってみる。
何だか寂しい。普段なら何とも感じない一人の部屋が、どうしようもなく苦しい。
「アメリカ君……」
はやく来て、と呟いた言葉に、返事はない。
ああ、あのカップ洗っといて、って言っておけばよかったかな、なんて考えを紛らわせる。
力の抜けた体が、ふわりとベッドのシーツに埋もれる。
酒が無いのが惜しかった。何故だか、とても口惜しい。
「アメリカ君……」
「呼んだかい」
「アメリカ君」
遅いじゃない、なんて言うと、ごめん、と答えが返ってきた。
先程までの辛さはもうない。
「ほら、ほやく」
来てよ。
ぽんぽんと手を差し伸べると、アメリカは酷く複雑そうな顔をした。
何か不満でもあるのだろうか。
「なあに、今さら止める、なんて言わないよね」
「そんなんじゃないよ。ただ…」
「ほら、そんなとこに立ってないで」
「うわ、っ」
ぼふん。アメリカの体がロシアによって引き寄せられ、アメリカはロシアの上に覆いかぶさるようにしてなだれ込んだ。
「ロシア…」
「……」
影が落ちている。顔が近付く。
「……ん…」
(あれ、アメリカ…君?)
酒が無くて、口惜しいなとは思っていたけれど。
アメリカと口付けていることで酷く満たされた気がして、余計に貪った。仄かにココアの甘苦い味がする。

「んん、ふッ……」
くちゅくちゅ、と水音が響く。

そろそろ息苦しくなってきて、唇を離すとアメリカはこちらを見つめていた。
「……なに」
「抵抗しなかったのかい」
「なんかね。酒も無くて、口惜しかったから」
その答えにまたも機嫌を損ねたのか、ぴくりとこめかみが動いた。
「ほら、寝ようよ」
「……」
ぱさり、と掛布団を寄せる。アメリカも大人しく潜る。
部屋の明かりを消し、視界がぼんやりと暗くなる。
「……ロシア」
「……なに」
「動けない、んだけど」
「んー。アメリカ君、抱き心地良いね」
「…そういう問題じゃないんだぞ」
アメリカは抱き締め返したくなる気持ちを必死に抑えていることなど、ロシアが知る由もない。
ロシアの体からは、ふわりと酒のような甘い香りがするのだ。その匂いにふわふわと意識を持っていかれそうになった。
ロシアに抱き締められて、ほとんど眠れないアメリカの気持ちも知らず、ロシアはぐっすりと眠りこんだ。











「……」
「…おはよう」

ゆっくりと開かれた紫の瞳が、どこか疲れた様子のアメリカを見つめる。
「眠れた?」
「…まあね」
「ふふ。その様子じゃろくに眠れてないんでしょ」
「誰の所為だと…」
「僕の所為、だよね?」
「分かってるんじゃないか」
ぐい、と顔を寄せてまたキスをする。乾いた唇に、お互いの熱が伝わった。吐息が、触れる。

「は、ぁ………」
いきなり何するの、とロシアは唇を離した。
「君、そんな姿、俺以外に見せないでくれよ」
「え?」
ロシアは全く分からない、とでも言うように首をかしげる。
その首がとても白く滑らかで、アメリカはいてもたってもいられなくなった。
すかさずベッドに押し倒し、その滑らかな首筋に、顔を埋める。
「ちょっと……あ、」
ちくり、と痛みが走り、首筋に赤い印が鮮やかに付けられた。
「痛いよ」
「君があんまり無防備だからさ」
今のロシアは正直、アメリカにとっては目の毒にしかならなかった。
マフラーは今は巻いていないから首は丸見えだし、どこかくたりとした体は色気を放っている。
とろんと熱を浮かべた紫の瞳は、滴のように潤んでいる。
「ほら、起きなよ。朝食作るの手伝ってよね」
「分かってるよ、起きるって…」
ふああ、と伸びをしながら、朝日を拝んだ。
「僕、先にいってるからね。早く来てよ」
「分かってるよ」


アメリカを呼びながら、ロシアは一人くすりと笑った。
とっくのとうに、寂しさは消え失せていた。
















End

さびしがり屋なろたま。慰めてくれるならこの際誰でもいいとか思っちゃうくらいには、過去にトラウマの一つや二つありそう。
そしてそこに上手くつけいろうとしているのがめりかさん(笑。 2013,8,21






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